憑き物(後編) 帰宅するなり娘の美和に激しく吠えだした愛犬 そして想像を絶する恐ろしい現象が起きた|川奈まり子の奇譚蒐集三七

聡子さんの彼は、美和さんに悪霊が取り憑いて、奥之院では一度は封じ込められたものの、再び力を盛り返していたのではないかと言っているそうだ。

「美和ちゃんには原因があらへん。4人の内で美和ちゃんがいちばん弱かったから、そいつは美和ちゃんを選んだねん。ほんで、ジョンを見ると、ジョンに移った。そこにおる中で霊力がいちばん弱いのがジョンやからね。ジョンは美和ちゃんより霊力が弱いから殺されてもたけれど、死ぬことで、憑きものも彼の世へ連れていってくれたんちゃうん? せやから聡子ちゃん、もう安心しぃや」

こう話して、彼は聡子さんを慰めようとしたのだった。

聡子さんは、しかし、彼の推理を信じていないのだという。

「なぜなら、美和はあの後も、なかなか写真を削除しようとしまへんでしたから。旅行から1年近く経って、盆の入りの頃に思い出して訊ねてみたら、目の前でスマホからアレを削除してくれましてんけど、どこぞにコピーを残しとるんやないだろうか……。口数は戻ったし、明るい顔を見せてくれるようにもなったんですけど、なんとなく、美和のようすには、未だに違和感があるんですわ。どこぞ変わってしもたような……」

こう聡子さんが心細げに訴えるのを聞いて、私は「やはり、美和さんには、どこかの女性に恨まれるようなことがあったんでしょうか?」と質問した。

「いいえ!」と聡子さんは強く否定した。

「あの後も訊いてみたんですけど、本人はきっぱり、無いと言っとります。それにまた、旅行前に何ぞ兆候があったら、私が気づいたと思うんですわ。せやけど、あらへんでしたし……」

色恋沙汰について、年頃の娘というものは上手に母親に隠し事をするものだ。

聡子さんにも、わかっているのだろう。その口調は明らかに自信なさげで、かえって突っ込みを入れることがはばかられた。

それは意地の悪いことだと思ったし、それに、私が会ったことのない美和さんというお嬢さんに対して、とても失礼なことなので。

「……きっと彼が正しうて、私が気にしすぎなんやと思います。かあちゃんも桂子ネエも、美和について、私が感じとるようなことは言ってまへん。ジョンが美和の憑き物を持っていってくれたから、ジョンがおらんこと以外は、すっかり元通りなんやんなぁ……?」

聡子さんの恋人は、近頃、「もう心配あらへんさかい」と言って犬を飼うことを盛んに勧めてくるという。

目が見えない代わりに霊感があるという、聡子さんの恋人。彼の言葉を補足すれば、「もう心配ない。なぜなら、憑きものは去ったのだから、再び犬が死ぬようなことはない」ということになるだろう。

彼を信じてみてもよいのでは、と、私は思った。

しかし、それは直に美和さんたちと触れ合って生活しているわけではない、見ず知らずの他人による、無責任な意見に過ぎないのかもしれない。聡子さんは、どうしても疑いを拭えずにいるようだった。

彼女は最後に、捉えようによっては、かなり不穏な心情を吐露した。

「母と姉も、美和の変わりように気づいておらへんのか、気づかない振りをしとるのか、彼の言うとおりや、と……。でも、私は、まだ次の犬を飼う勇気が出ぇへんねん。また犬があの子の頭上を見て吠えて死んだら、私は、みんなと一緒に暮らせへんくなるさかい、恐ろしうて……」(終)

 

(川奈まり子連載 『川奈まり子の奇譚蒐集』第三十七話)

 

あわせて読む:見えない代わりに 前編 「視力と引き換えに彼が得てしまった能力とは」|川奈まり子の奇譚蒐集三〇 | TABLO