憑き物(後編) 帰宅するなり娘の美和に激しく吠えだした愛犬 そして想像を絶する恐ろしい現象が起きた|川奈まり子の奇譚蒐集三七

高野山の町に現代的な飲食店が何軒もあることは、訪れるまで知らなかった。食事は奥之院の宿坊で取るつもりだったし、どうせ1泊しかしないのだからと、事前に調べてみることをしなかったのだ。

正直、もっと鄙びた、建物と言えば寺院しかないような山奥を想像していた。なにしろ、標高850メートルの山上にあり、さらに千メートル近い八つの峰に囲まれているのだから。

しかし、実際に来てみたら、山上に町が広がっていた。もっとも、ほとんどの建物は木造の二階建てだ。舗装道路の両脇に町並みを形成している家の多くは土産物店や飲食店。田舎には違いないけれど、想像していたより開けていたと言ったところだ。それでいて古き良き日本情緒も漂っており、そのせいか外国人観光客の姿も目についた。

高野山は約100年前までは女人禁制で、空海の母親も入山できなかったそうだが、人種や国籍を問わず、女性の観光客も少なくない。

そういう景色を見た後だったので、その店に入ってみたら、店内が一組の外国人観光客のカップル以外、女性客ばかりで占められていても、別段、不思議に感じなかった。猫をモチーフにした小物などを店内で販売しており、女性が好みそうなヘルシーな軽食と和洋折衷のデザートがメニューに並んでいたのだから、尚更だ。

「可愛いお店! また、友だちと来たいな」と美和が言った。

「とか言って、彼氏と来るつもりやな? アリバイ工作ならいつでも協力するよ」と桂子が揶揄う。

聡子さんは、美和がすぐに愉快な言葉を打ち返すもの、と、思っていた。

いつもそうなのだ。次姉の桂子は、隙あらば美和を恋愛ネタでイジるのだが、美和は毎度ノリ良く返す。

ところが、どういうわけか、今回に限って、娘は顔をこわばらせて、

「……そんなん、いひん」

と、一拍、妙な間を空けて、桂子に答えた。

――やっぱり、あんな写真が撮れたのは、美和が誰かの嫉妬を買ったせいかもしれない。

よく考えてみれば、あの写真の中で、赤い女を画面に映し出したスマホを掲げているのは聡子さんだが、その女が憎しみに満ちた眼差しを向けていた相手は、写真の撮影者である美和ということになるのだ。

――何か自分でも思い当たることがあるんじゃないかしら?

美和に直接、疑問をぶつけてみようか。聡子さんは逡巡しはじめたが、そのとき、彼から電話が掛かってきた。

聡子さんは「彼から電話や」と3人に断って席から離れた。

「はい、もしもし。ジョンのようすはどう?」

「ジョンは元気や。さっきヘルパーさんと一緒に散歩に行ってきたしね。そないなことより、着歴見たよ。どないした? 何ぞあったん?」

「……勘がええな。あのね、京都でね……」

聡子さんは彼に、太秦で厭な写真が撮れてから変な具合に車がエンストしてしまったことまで、つぶさに打ち明けた。