憑き物(後編) 帰宅するなり娘の美和に激しく吠えだした愛犬 そして想像を絶する恐ろしい現象が起きた|川奈まり子の奇譚蒐集三七

「美和、なんやか暗いね。どうした?」

「別に。ぎょうさん歩いて、しんどいだけ」

「……ならええけど。あの写真は、やっぱり消した方がいいんとちゃう?」

「ママってば、そればっかり。私のスマホの写真やねんから、好きにさせてよ」

蠅でも追うような、うるさそうな表情で睨まれては、退散せざるを得なかった。

 

その後、翌日、大阪の家に帰宅するまでは、何事も起こらなかった。家に着く時刻を彼に知らせていたので、帰ると間もなく、ヘルパーが運転する車で、彼とジョンがやってきた。

ジョンは、千切れんばかりに尻尾を振りながら、車から飛び出してきた。まっしぐらに聡子さんに飛びついてくる。聡子さんが主に世話をしているので、これは予想通りだった。

ジョンの金色の毛並みに覆われた頭の中には、最初に聡子さん、次に娘の美和、その次が母、最後に姉の桂子という序列がきちんと刻まれていて、こういう場面でじゃれつく順番も定まっていた。

だが、ジョンは美和を飛ばして、母のところに跳ねていった。次に姉の方へ。

そして玄関ポーチまで走って、尻尾を振りながら家族が来るのを待っていたのだが、美和が近づくと、急に尾を尻に巻き込んで激しく吠えだした。

「ジョン! どないしたん? 美和ちゃんよ?」

いつもは大人しい愛犬に話しかけ、なだめようとして……よく見ると、ジョンは、娘の頭から数十センチ上の空間に視線を据えて、吠えかかっている。

「そこに何ぞいるん? ジョン、こら、静かにしぃ!」

――ジョンは静かになった。

吠えはじめてから1分足らず。キューンと一声、情けない鼻声を発したかと思うと、玄関ポーチのタイルの上に横倒しに倒れて、痙攣しはじめたのだ。

白目を剥き、すでに意識が無いようだった。聡子さんが膝の上に抱きかかえると、よだれの泡にまみれた長い舌がデロりと垂れ下がった。

すぐに動物病院へ連れていったが、そのまま意識を取り戻すことなく、2日後に息を引き取った。