▲「和平占中(オキュパイ・セントラル)」のデモで演説する民主派リーダー
(香港・金鐘のコンノート・ロードで2014年10月21日午後9時40分=撮影・著者)
【現地ルポ】民主化デモのウラで何が起きている!? 前編はコチラ
香港政府も動いた。黎氏と議員らの間で政治資金の移動があったことは事実としても、それ自体は違法ではない。しかし、議員は一定額を超す資金を収受した場合、公開義務があるが、関係議員は公開していなかった。
疑惑報道が過熱する中、香港の汚職事件を取り締まる廉政公署は8月28日、黎氏や民主派政党・工党の党首で立法会議員の李卓人氏の自宅などを家宅捜索した。李氏はただちに廉政公署の捜索を「白色テロ」と批判した。権力者が反対勢力に対して行う弾圧のことだ。
サイモン氏の〝スパイ容疑〟はどうか。メディアは盛んに「CIAと関係」と書き立てたが、明確な証拠を示した例はない。本当にCIAならハッキングを3回も許すだろうか。サイモン氏はそう語ったが、真相は闇の中だ。また、ハッキングしたのが誰かも皆目不明だ。
李氏は「捜索の時期から考えると、香港市民にあるメッセージを伝える意図があったと思える」と、李氏は英有力紙『フィナンシャル・タイムズ』の取材に答えている(8月29日付)。
時期とはつまり、8月31日に予定された中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会による重大決定のことだ。香港政府トップの行政長官を選ぶ2017年の次回選挙から「普通選挙」に移行することは前から決まっていたが、細部は固まっていなかった。
民主派は「真的普選」を要求、親中派は全人代決定に従うという立場だ。両派のいがみ合いがピークに達したタイミングで重大決定が発表されたことになる。
果たして新華社が発表した全人代決定は、「行政長官は〝愛国愛港人士〟(中国を愛し、香港を愛する者)が担う原則は堅持されなければならない」「指名委員会は民主的手順によって、行政長官候補者を2名ないし3名指名するものとする」というものだった。事実上、民主派は立候補できないことを意味する。そんな方式を「普通選挙」と言い張る国は中国ぐらいだろう。
民主化団体「和平占中(オキュパイ・セントラル)」は同日、全人代決定は「選挙参加に不合理な制限を設け、異なる党派が参加する権利を封殺するものだ」と反発、放置すれば「『欽点政治』(君主に都合の良い者をえり好みする政治)を延続させることになる」と危惧する声明を発表した。不満は充満し、9月下旬から1カ月以上続くデモに発展していく。
筆者が香港入りした10月21日午後、香港政府庁舎がある金鐘。普段は渋滞が激しい往復8車線のコンノート・ロードにクルマは1台も走らず、「雨傘革命」に参加する何千人と風雨をしのぐテントが占拠していた。数キロメートル北の旺角でも目抜き通りのネイサン・ロードが占拠されている。デモ開始から24日目だ。
路上に座り込んだ市民は、20代の若者を中心に、水色の制服を着た女子高生から白髪頭の老人まで幅広い。「完全な普通選挙が欲しい」「警察はひどい」と口々に言う。
「24日間、警察との衝突の先頭に立ってきた」と自己紹介した元料理人で失業中のビリーさん(23歳)は、「最後の瞬間まで戦う」と意気込む。〝天安門事件の再来〟になる恐れを質すと、「世界中の報道陣が見守る中、流血自体をともなう武力鎮圧はできない。そんなことをすれば中国は世界から孤立する」と楽観的だ。
しかし、香港政府ナンバー2の林鄭月娥政務官が言うように「香港は独立国家ではなく、中国に属す以上、全人代が規定する枠内で調整するしかない」。
「そんなことは分かっている」とビリーさん。「だが、香港人は西洋式の教育を受け、自由を享受してきた。社会のすべてが中国を上回っている。香港は故郷であり、海外に逃げる選択肢はない。香港人は絶対に中国政府の言いなりにならない」
デモ現場は反中スローガンにあふれている。プラカードには「保衛香港 反共治港(守ろう香港 反共の香港統治へ)」「不要港共傀儡治港 没有公義豈能和諧(親中傀儡は香港を統治するな 正義無くして調和なし)」、デモ参加者のTシャツには「Fucking Chinese Dictators(中国独裁者はファック)」と露骨だ。
同時に「冷静得民心」「勿忘和平初衷(平和を望む初心を忘れるな)」「避免流血衝突」と警察を挑発せず、平和的なデモを呼び掛けるビラが目立つ。参加者に無料で飲料を配るテント、シャワーや医療サービスを提供するボランティア、ゴミの分別収集所。香港社会の成熟度を誇っているように見える。
女性デザイナーのティンさん(22歳)は「デモ参加で失職した人、収入が途絶えた仲間もいるけれど、金儲けばかりではいけないと思う」と静かに語る。香港は芸術や政治に夢見る若者を「理想主義」と叱責する土地柄だという。だが、「香港の文化や価値観を守るため、今は精一杯主張することが大切だと思う」。
政協委員を解任された田氏の弟、田北辰氏は全人代代表を務める大物だ。「和平占中」によるデモを非難する政治家の一人でもある。
「彼らは民主主義のためではなく、独立のため闘っている。これは主権の問題なのだ。和平占中は完全な民主主義を要求しているが、それを認めることができるのは独立国家だけだ」(ロイター、10月30日)
デモ参加者と驚くほど認識は同じなのだ。だが、こうも言う。
「中国が和平占中の背後には外国勢力と政治的影響があると宣告した以上、事態は国家安全保障上の問題へと進展した」
サイモン氏へのハッキングは中国政府の仕業なのか。本当にCIAの関与はあるのか。少なくとも香港メディアの一部は事実と認定し、「香港は国家安保上の問題」になった。一方、ピーク時に10万人が集結したという「真的普選」を望む人々。中国政府の次の一手によっては、本格的に独立志向を強めることになるだろう。民主派と親中派の分裂が一段と明確になったことは間違いない。
▲「和平占中(オキュパイ・セントラル)」のデモに集まった香港の若者
(香港・金鐘のコンノート・ロードで2014年10月21日午後10時29分=撮影・著者)
Written Photo by 谷道健太