「何でよりによってこんな日に...」
そう思っていたかもしれない。
男が事故を起こしたのは4月13日。
この日は男と、男の妻にとって特別な日だった。
二人の間に産まれた次男の誕生日なのだ。
毎年、夫婦はこの日に
二人で次男の誕生日を祝っていた。
男はどうしたらいいか分からなかった。
ただただ恐ろしかった。人間であってほしくない。
何か物であってほしい。そう願った。願いながら男は必死に自分に言い聞かせた。
あれは人じゃない。あれは絶対に人じゃない。
そして男は自分の乗っているバイクが何と接触したのかを確かめることもなくその場を走り去った。
怖くてとても確かめることなんて出来なかった。
いや......原付とそれに乗っていた人が転倒していることは本当は分かっていた。
苛立つ気持ちだけがあった......
4月13日。
それは10代の若さで亡くなった次男の誕生日だった。
自動車運転過失傷害の罪名で起訴された男の名前は角田誠。
ボクシングジムを経営していている元プロボクサーで、裁判当時の年齢は65歳だった。
事故を起こした日、仕事は休みの日だったが急にジムに行かなくてはいけない用事ができてしまい、角田はバイクでジムに向かった。
弁護側証人として出廷した角田の妻は、
「普段の運転は荒くない」
と話していて、速度違反など交通違反歴はあるものの、大きな事故を起こしたことは過去に一度もなかった。
しかし、この日はいつもと違った。
次男のことだけではない。同居している病気の養母のことも頭にあった。
つい最近、養父が亡くなって養母は精神的にも身体的にも支えが必要な状況だった。そんな時に、本来は休日のはずなのにジムに来なくてはならなくなったことに苛立つ気持ちもあった。
仕事を終えて帰る時の角田は明らかにおかしかった。いつも帰る時に通っている曲がり角を直進してしまい、初めて走る道に出てしまっていた。前方や対向車線もあまり注意を払ってなかったようだ。
「疲れていて、ボーっとしてた」
その結果、角田は被害者に気づくことが出来ずに接触事故をおこし、その場から逃げた。
被害者の男性はケガはしたものの幸いなことにたいして大きなケガではなかった。しかし、
「事故は仕方ないにしても、逃げたということが許せない」
と厳罰を希望していた。
「俺が轢いたのは人間じゃない!」
角田はこの事故で4年間免許取り消しになった。4年が経過しても今後はもう車もバイクも運転するつもりはない、と話していた。
角田の家では一匹の猫を飼っている。数年前に角田が拾ってきた野良猫だ。事故に遭ってケガをしていたらしく、かわいそうに思った角田が拾ってきて飼い始めたのだという。
そんな角田は自分が事故を起こした時に、
「人間であってほしくない」
「あれは人じゃない」
と自分に言い聞かせながら逃げた。
角田は事故後、逃げた理由についてこう述べている。
「ものすごく怖かった。自分のことしか考えられなかった。被害に遭った人のことを考えることが出来なかった」
被害者への気持ちはこう述べている。
「逃げてしまったのは、人間としてやってはいけないことだったと思っている。被害者の方には土下座して謝りたい」
これからも角田夫婦は毎年4月13日に若くして亡くなった次男の誕生日を二人で祝うのだろう。
この日に次男のことを思い返す度、角田は事故のこともきっと思い出す。
そして向き合うことになる。
「人間としてやってはいけないこと」をした自分自身と。
取材・文◎鈴木孔明