健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を放棄し、60年間もホームレスを続けた80歳の裁判

2018年09月17日 ホームレス 健康で文化的な最低限度の生活を営む権利 裁判傍聴 鈴木孔明 60年間 80歳

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 中学を卒業して、寿司屋で働き始めた水谷善雄(仮名、裁判当時80歳)はその寿司屋をわずか2年ほどで辞めてしまいました。その後、無職になった彼は路上生活をするようになりました。彼は60年以上も職に就かずにホームレス生活を続けていたのです。そんな生活を続けていたのは
「働く気がなかったから」
 という、あまりにも簡潔すぎる理由でした。

 彼はコンビニでウイスキー1本と冷やし中華1つを万引きし、窃盗罪に問われて裁判を受けていました。事件当時の所持金は1053円、被害品2点の販売価格合計は1347円でした。
 ウイスキーを盗んだのは「ウイスキーが好きで飲みたかったから」、冷やし中華を盗んだのは「お腹が空いてたから」だそうです。
 彼には万引きと無銭飲食の前科3犯前歴4件の犯歴がありましたが、意外と少ないな、という印象を受けました。最終前科は約10年前で、コンビニでウイスキーを万引きしたというものです。

 検察官の取り調べに対して
「働いてないからお腹が空いたら万引きしてた。生きていけないから、これからも万引きすると思う」
 と供述していたそうです。
「若いころから天涯孤独、家族と呼べるような人はいない」
 と話す彼には、再犯を犯さないように監督する人はいません。被告人質問では、彼を弁護するべき弁護人もどこかやる気のないような雰囲気が見受けられました。

――事件について、どう思ってますか?
「悪いと思ってるよ」
――ずっと路上生活をしてることはどう思ってますか?
「やめたいと思う」
――今後、福祉の支援を受けるつもりはありますか?
「うん」
――弁護人の質問を終わります。

 わずか3分たらずで弁護人の質問は終わってしまいました。
 裁判官は彼の生活について訊ねていました。

――最近はどんな生活してたの?
「家ないからね、雨降ってるときは屋根あるところで寝てた、公園のトイレとかね。天気いい時はどこでもね」
――食べるものはどうしてたの? 仕事してないから収入ないでしょ?
「道路とか歩いててゴミの中から拾ったり、あと店で残飯貰ったり、かな」
――万引きもしてたの?
「ああ、うん」

 現代の日本の話とは思えません。しかし、実際にこのような生活をしている人はいるのです。
福祉についても裁判官は聞いていました。

――今まで福祉の世話になる機会はなかったの?
「友達から聞いたことはあるけど...」
――路上生活してたら声かけられるでしょ?
「かかりますね、かかる。でもわかんねえから断っちゃったよ」
――今回のことでまたそういう話あるとおもうけど、どうする?
「お世話になりますよ」
――年齢も年齢だし、路上生活って辛いでしょ? じゃあ今後は、福祉の世話になるってことでいいよね?
「はい」


 彼の話を読んで、「自己責任だ」と思った方もいるのではないでしょうか? 確かに自己責任と言ってしまえばその通りです。仕事を辞めてホームレス生活を続けていたのも、福祉の支援を断っていたのも全て彼が自分で選択したことです。

 しかし、憲法25条にはこう書いてあります。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

 彼がどんな人生を送ってきたかは関係ありません。「すべて国民」と書いてある通りです。そのために「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と書いてあります。


 たとえ25条が書かれていなかったとしても、心情的に彼を放ってはおけません。ゴミ箱を漁って食べ物を探し、飲食店から残飯を恵んでもらい、生きるために万引きを繰り返す、そんな80歳の老人の姿を思い描けば胸が痛みます。
「自己責任」という言葉1つで彼を切って捨ててほしくはありません。

 今後も彼はまた過ちを犯してしまうかもしれません。それでも、残りの人生で彼が少しでも多く笑って、少しでも幸せになってくれるよう願っています。(取材・文◎鈴木孔明)

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