立花浩明(仮名、裁判当時35歳)が酔った勢いと怒りにまかせて起こした建造物損壊事件は彼の人生を大きく変えることになりました。
約10年間勤めていた会社は解雇され、事件当時奥さんと二人で暮らしていたマンションは退去を余儀なくさせられ、部屋に置いていた物は全て処分せざるを得なくなりました。奥さんとは離婚することも決まりました。
「汲むべき事情は全くありません」
と検察官に強く批難された彼の犯行に使われた凶器、それは消火器でした。
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事件前日の夜の12時ころ、酒を呑みに居酒屋へ入店した彼のもとに奥さんから連絡が来ました。
「2時までに帰ってこないなら、もうドアのチェーンかけるから」
そう言われていたのにもかかわらず、彼が呑み終わって家に着いたのは翌朝の5時前のことでした。
鍵を開けて家に入ろうとしましたが、本当にドアにチェーンがかけられていて家に入ることが出来ません。
「おいっ! あけろ!」
外から呼びかけても何も反応はありません。
「無視された!」
そう感じた彼は激昂し大声で怒鳴りました。
「おいっ! あけろ! あけなかったら消火器ぶちまけるぞ!」
それでも中からは何の反応もありません。彼は宣言した通り、マンションの廊下に設置されていた消火器を手に取り、ドアの隙間にノズルを差し込んで室内に向けて約15秒間消火器を噴射しました。
彼の犯行によってマンションの管理会社が被った被害の見積もり金額は50万円を越えています。消火剤は室内の壁、床、天井、あらゆるところに付着していました。
これ後片付けするの超大変なの知ってます?
怒りを示したかった......
「あのさあ...」
被告人質問をする検察官もどこか呆れているような雰囲気でした。
――なんで消火器なんて噴射したんですか?
「チェーンを開けてくれない妻の態度に怒りを感じました」
――怒るとそういうことするの?
「いや、そんなことはないですけど...」
――じゃあ何をしたかったんですか?
「妻に対して怒りを示したかったです」
――奥さんが110番して警察官が来た時、奥さんは寒いのに(事件発生日は11月17日)裸足でベランダに出て鼻と口を押さえて泣いてたそうですよ。直接傷つけようとしたんじゃないですか?
「いえ、脅かすだけのつもりで、怒りを示したかっただけです」
――家の価値とか損害とか、そういうことは考えなかったんですか?
「そういうことは全く考えてなかったです」
――全部、台無しになるのわかるよね?
「...はい」
事件後、奥さんは「私の身を守るためにも厳しく処罰してほしいです」と被害感情を述べていました。またこの事件の半年ほど前から暴力をふるわれていた、とも話しています。
彼も奥さんに暴力を振るったことは認めていて、原因は「夫婦間の不仲」だそうです。不仲でもなんとか続いていた夫婦関係でしたが、この事件で奥さんの我慢も怒りも限界に達し離婚に至ることになりました。
本来であれば消火器というものは火を消すための道具であるはずなのですが、その消火器が奥さんの怒りを燃え上がらせることになったというのはなんとも皮肉な話です。
弁護人は弁論で、
「妻の強硬な態度にも原因の一端があり~」
などと弁護をしていました。いくら被告人の弁護をするのが役割とはいえさすがに首を傾げざるを得ない言いぐさです。
ちなみに、検察官の論告では、
「妻がチェーンを外さなかったことへの怒りが犯行の理由にはならない」
と断じていました。
マンション管理会社への賠償金は盛岡に住む彼の父親が払っていました。今後は働きながら少しずつ父親にお金を返していくそうです。離婚が決まっている奥さんに対してもそれ相応のお金は払わなければならないはずです。
彼が損壊したのは建造物だけではありません。お金でマンションは修繕出来ますが、事件時にベランダで裸足のまま泣いていたという奥さんの心の損壊はお金では修繕出来ません。それを彼はどう償うのでしょうか? 裁判所からの判決が出ても、それで償いが終わったことにはならないはずです。(取材・文◎鈴木孔明)
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