東京・神保町といえば、書店や古書店、出版社などが立ち並ぶ「本の街」として知られているが、そこで営業していたスーパーマーケット「冨士屋」(東京都千代田区神田神保町2-15 冨士屋ビル)が、7月31日、いきなり倒産してしまうという事件が起きた。
冨士屋は昭和7年(1932)に浅草橋市場ではじめて乾物商に起源をもつ。その後、都内に数店舗を展開するほどになるものの、戦争によって閉鎖を余儀なくされる。戦後の昭和23年(1948)年に神保町で営業を再開。以後、65年以上にわたって営業を続けてきた老舗スーパーだった。
ところが去る7月31日、突如として店舗がロックアウトされ、営業停止と破産申立を告げる貼り紙が掲げられていた。社内でもこの状況については一部の従業員にしか告げられておらず、多くの社員は当日出勤して営業停止の事実を知ったという。
こうした事態に至る経緯について、東京中部地域労働組合(執行委員長・清水雅義氏)のメンバーに話を聞いた。
「冨士屋では、以前から従業員に対して賃下げや残業代の未払いなどが続いていました。そこで、団体交渉によって改善を求めていましたが、経営側から誠意ある対応はまったくありませんでした」(労組幹部)
神保町には生鮮品や食料品を扱う商業施設が少ないため、冨士屋は地域住民には重宝な存在だったようだ。また、都営地下鉄・神保町駅の出口のすぐ脇にあるというロケーションのよさからも、古書店街を訪れる者たちにも馴染み深い店舗だった。筆者も駅構内で「奉仕にあけ奉仕に暮れる」というコピーが付された冨士屋の広告をよく目にしていたし、まだコンビニもない頃には飲み物を買ったこともあった。
ともかく、立地のよさから相応の経営努力をしていれば、十分な売り上げが得られるはずの店舗であった可能性は高い。ところが、かなり以前から売り上げは落ちる一方だったらしい。この点についても「放漫経営が原因」との指摘が多い。
そうしたなかで、冨士屋は7月23日から20パーセントから90パーセント引きをうたった「改装のための売りつくしセール」を開始した。
「経営側は7月16日に、担当者に対して仕入れをストップするよう指示しました。その際も、社員や仕入れ業者には『改装セールのため』とだけ説明していたそうです」(前出労組幹部)
さらに話を聞いていくと、その「改装のための売りつくしセール」も、かなりズサンなものだったらしい。店舗閉鎖の6日前にペットボトル入りの清涼飲料を通常価格の2割引で購入したという男性は、すぐにそれが賞味期限切れだと気づいた。
「それで翌日、レシートをもって返品に行ったんです。応対は悪くはなかったんですが、その時には同じ商品が半額になっていて、返金も半額の金額しか渡されなかったんです」
その場で抗議したので購入金額は返してもらえたそうだが、「何だか様子がおかしかった」という。
しかも、セール中には同様の期限切れ商品が多く売られていた。そして店側から「31日に返金します」と説明されたため、賞味期限切れの商品を買わされたまま返金や返品の対応すらなされていない顧客もかなりいるらしい。
それにしても、賞味期限近くなった商品を値引きして売るケースはよく見かけるが、期限切れの食料品まで売るという話は。最近では珍しい。国内の大手や中堅のスーパーでは、商品の賞味期限については自主的にメーカー等が設定した賞味期限よりも早めの期限を設けているケースが多い。ペットボトル入り清涼飲料のような保存性の高い商品であれば、メーカーの賞味期限よりもさらに2週間から1ヶ月以上早い期限が設定されているスーパー等がほとんどであり、死に筋つまり売れ残った商品は、メーカー賞味期限以前に陳列棚から撤去するのが普通である。まして、期限切れ商品を販売するなど、まずない。
さらに、仕入れ業者に対しても説明していなかったため、納入した商品の代金についても未払いが多く残っているのだそうだ。
そして、社長である前川明彦氏をはじめ、経営側は「破産手続きをとる」という貼り紙をだしただけで、何ひとつ正しい説明をしていない。7月に行われた団体交渉でも、店の経営が危ういのではないとかいう組合側からの質問に、経営側は「これまでと同じように営業する」「絶対に閉店はしない」「取引停止はあくまで改装のため。社員は自宅待機というかたちにしてもらう」と繰り返した。現状を見る限り、そうした説明はすべて虚偽だったと言わざるを得ない。
「社員たちの残業代も未払いのままですし、3月に退職した社員の退職金ですらまだ支払われていません」(労組幹部)
その点について会社側から出された回答は、「退職金は5年にわたって60回払いとする」というものだった。
店舗前で抗議のちらしを配る労組関係者たち
経営側の不誠実を糾弾するちらし
外壁には労組による抗議のちらし
さて、経営の最高責任者である社長の前川氏は、31日の時点ですでに居場所も連絡先もわからなくなっている。いわゆる雲隠れ状態だ。
その前川氏の自宅であるが、すでに妻の名義に変更されており、しかもその妻とも離婚届が提出されているという。店舗のある自社ビルについても、抵当権が設定されているとのことだ。
まるで経済マンガに出てくるような、不誠実な経営者の計画的な倒産劇という感である。こうした前近代的な事件が、21世紀の東京のど真ん中で起きてしまったというわけである。このままでは、元従業員と顧客、納入業者をすべて泣かせて、経営者だけが「食い逃げ状態」になる可能性が高い。今後の成り行きが、気になるところである。
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Written Photo by 橋本玉泉
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