携帯から聞こえてくる怒鳴り声は絶え間なく続き、その関西弁に横浜育ちの僕にとってはド迫力この上ない印象。会話の内容こそ抗議ではあるのだが、この迫力たるやヤクザ顔負けと言ってもよいでしょう。
電話の相手は関西地方のある同和団体の幹部と名乗る男でしたが、いわゆるエセ同和だと今は推測しています。クレームなのでしょうが口調はもはや恫喝そのもの。
原因は、『実話ナックルズ』時代に掲載した。同和関係の記事でした。
「わしは、●●●●の○支部長のXっちゅうもんやけどなぁっ。お前、わしらのことバカにしとんかぁっ」
携帯からは怒鳴り声が耳に入ってきます。当時、『実話ナックルズ』は創刊したばかりでしたので、名も浸透しておらず、「やはり来たか」と思いました。会社にかかってきた電話でしたが、出た社員があまりの剣幕に僕の携帯を教えてしまったらしいのですが、慣れていなかったので仕方がないです。
こういう場合、言う事は限られてきます。下手に言い訳をしては、ダメです。
「いえ。バカになんてとんでもありません。こちらは真摯な姿勢で取材し、こういった差別がなくなるように、そういう思いで編集しています」
と僕。
とは言ってみたものの、聞く耳持ちません。こういった時は、とにかく相手の言う事を聞くこと。これに徹します。そして、「確かに世の中には悪質な差別記事を掲載する雑誌もある」のだからという思いで、頑張って相手の話を聞きます。
「でもよく読んで下さい。この記事のどこに悪意がありますか?」
とりあえず、話というより怒鳴り声を聞きながら先方の主張を聞いていると、どうやら金を要求しているようではなさそうでした。大体、裏社会の人からのクレームは金目当てがほとんどでした。
その権幕から、これは、相手が言っている「○支部」(関西地区です)まで行かなければならないかなと思い、その旨伝えます。すると「とっとと来んかい」との事です。ああ、また関西に行かなければならないのか、という思いです。が、仕方ありません。
「そうしましたら、貴方様に私から謝罪文と説明文を書かせて頂こうと思うのですが、それからまたご連絡を取るということでいかがでしょうか」
そういった感じでひとまず電話を切りました。多分、30分くら怒鳴られ続けたのではないでしょうか。
疲れた......。
しかし、ここで落ち込んでいる訳にもいきません。会社に戻って、この件に対処しなければならないのです。力をふりしぼってデスクに向かいます。
もし、これが正式な文書などでの抗議ならライターと協議し、対応を考えようと思いましたが、あの調子だとまともに話し合うのは到底無理だと感じましたし、僕の所でストップするのがよいという判断をしました。
かなり先方が興奮していたので、あまり時間をおいてはいけません。火に油を注ぐことになります。その日のうちに書面に起こし、先方の言う住所に郵送しました。
それから数日経った時、携帯が鳴りました。着信画面の番号はX氏でした。相変わらず、剣呑とした雰囲気を受話器越しからでも漂わせながら、自分たちがいかに差別されてきたか、といった内容を説いてきます。これもまた、長い電話になりそうでした。
「じゃ、直にそちらに出向いてお話します」。いっそのことと思い、こう言いました。
「いや、そんなことはしなくていい」
と、今度は先日とは違う事を言って、また延々と話が始まりました。これを切ることもできずにいた訳ですが、ギクっとした一言があります。
「お前んとこの雑誌買うたコンビニに抗議したるぞ」
これには参りました。こちらとしてもこの手の抗議の仕方は一番苦しいのです。やはり何だかんだいっても出版社は販売ルート、流通ルートをストップされれば手足をもがれたようなものだからです。
「印刷所に圧力をかれられた時が一番きつい」。かつて「噂の真相」の元編集長岡留安則さんが僕に説いていましたが、これもまたきついです。
こちらの業界のことをよく知っているのでしょうか、それとも過去何回か他社に同じような抗議をしていて、こういう出方をすればいいということを学習したのでしょうか。X氏は抗議慣れしていました。
結局、長時間の話し合いと謝罪文とでこれ以上、電話してくるのはやめると収めてもらいました。それにしても、その同和関係者(?)の口調と抗議の仕方にはかなり精神的に疲れましたし、「コンビニに圧力」は本当に効きました。
販路に圧力をかける、この脅しは参ります。それには、ほとんど相手の言い分を聞くしかなかったのです。でなければ、出版社の生命線を絶たれる事になります。反省も何も、「誠実に相手の話を聞き、じっくりこちらの意図を聞いてもらう」しかなかった僕のやる事はありませんでした。
この記事は(読んで頂ければわかると思うのですが)差別を助長している箇所など全くありませんでした。しかし微妙なテーマこそ、真摯に真正面から筋を通して取り組めば何とかなる、いや何とかなるはずだ。そう信じて毅然とするしかないでしょう。(「トラブルなう」より再録・加筆)
文◎久田将義
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