W杯と五輪を控えるブラジル・ブラックロード前編~草下シンヤ『ちょっと裏ネタ』連載7

2013年09月06日 W杯 ブラジル 五輪

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リオデジャネイロのファベイラ.JPGka-nibaru.JPG

 2014年にサッカー・ワールドカップが、そして2016年にオリンピックが開催される国、ブラジル。BRICsの一員として著しい経済成長を見せていたと思ったら、欧米の緊縮財政で世界中にバラ撒かれていたドルが回収され、今度は経済危機が心配されるなど、なにかと話題のつきない国でもある。

 また、旅行好きや映画好きの人間にしてみれば、「ファベイラ」と呼ばれるスラムに代表される治安の悪い国というイメージもあるかもしれない。

 今回はそんなブラジルや、その他の南米国家の事情について、これまでに72の国と地域を旅行してきた、旅行作家の嵐よういち氏に話を聞いた。彼の『海外ブラックロード』シリーズ(彩図社刊)は普通の旅行記では読めない、危険で刺激的なエピソードが満載なので興味のある方はぜひ手にとってみてほしい。



――嵐さんは、南米のほとんどの国を訪れているということですが。

嵐 12ヶ国ある南米のうち、エクアドル、ガイアナ、スリナム以外の9ヶ国には行ったことがあるよ。その中でも一番多く訪ねているのはブラジルで、7~8回は行っているね。

最初に訪れたのは97年、最後に行ったのは2011年だけど、その期間にブラジルという国はいろいろ変わったよ。 

――どんなところが変わったんですか?

嵐 まず、物価だね。俺が最初に訪れた少し前に、ブラジルはそれまでの通貨を新しいレアルという通貨に変えたんだけど、自国の経済力を顧みずに、1レアルを1ドルに設定したんだ。だけど、通貨の実力が備わっていないから、俺たち外国人からしてみると、めちゃめちゃ高く感じたよね。

それから案の定、レアルが負けてきて3分の1ぐらいの価値まで下がった。その頃は旅行していてもリーズナブルに過ごすことができたんだけど、5年ぐらい前からブラジル経済が急激に発展し始めて、最後に行った2年前には絶望的に物価が高くなっていたよね。

――具体的にはどんなものが高くなっていたんですか?

嵐 ランチの話をするとわかりやすいかな。たとえば日本はデフレのせいもあって、牛丼が300円ぐらいで安く食べられるじゃない。ブラジルも昔はそうで、300円あればお腹いっぱい食べられる感じだったんだけど、2年前は1200円ぐらい出さないと、まともなランチは食べられなくなっていた。

――ブラジルは階級社会で貧富の格差が大きい印象があるんですが、それで貧しい人たちはやっていけるんですか?

嵐 厳しいよね。中流から上の人たちはどんどん金持ちになっていくけど、下の人たちは貧しくなっていく一方だよ。

急激にインフレが進んだから、今まで2万5000円だった給料が、たった数ヶ月で倍の5万円になったりする。だけど、ランチの価格は3倍とかになっているからね。これでは食っていけない、生活は苦しくなる。

今はワールドカップやオリンピック会場を作るために、貧しい階層の人たちにも職を与えているけど、それがなくなったらどうするんだろうね。深刻な状態に陥るんじゃないかと思うよ。

――南米は治安が悪いというイメージがありますが、全体的にはどうですか?

嵐 全体的に良いとは言えないよね。アルゼンチンのブエノスアイレスや、チリのサンチアゴなんかは比較的治安がいいけど、人気のない場所にいけば雰囲気は悪くなるし、場所によっては人通りがあっても強盗に襲われることもある。

――その中でもブラジルはどうですか?

嵐 特に治安は悪いよね。犯罪の手口も強盗などの凶悪なものが多いんだ。銃で脅して人から物を盗る、あとは店に押し入って金品を奪うという感じだね。

ブラジルの場合、銃社会ということも影響しているんだと思う。たとえば、ペルーの首都リマなんかも強盗が多いんだけど、彼らは銃を持っておらず、ナイフや素手で襲ってくる。だから、強盗が殺人にまで発展することは珍しいんだ。

だけど、ブラジルは銃が当たり前で、強盗も持っているし、襲われる店の側も持っている。そして店側も平気で発砲してくるから、強盗のほうも「撃たなければやられる」という意識があるよね。「金を出せ」と脅して、店員が胸元に手を持っていくような怪しい動きをすれば、躊躇なく撃つよ。これは警官も同じで、向こうの強盗団は銃撃戦をいとわないから、2回ホールドアップさせて従わなかったらすぐに撃ってくるよ。

――ほとんど「仁義なき戦い」の世界ですが、普通に道を歩いていても襲われるんですか?

嵐 大都市の中心街や昼間だったら気をつけていれば被害は避けられると思う。

だけど、これは有名な話だけど、たとえば夜、車で道を走っているとき、赤信号だったとしても決して停まってはいけないんだ。理由は簡単。停車しているとき、銃を持った強盗に襲われたらひとたまりもないから。だから、治安の悪い場所を夜タクシーで走るときは当然のように信号無視をしているよ。

――そういった強盗をしている人はどういう生活をしているんですか?

嵐 ブラジルには「ファベイラ」というスラムがある。これは山の斜面とか、行政の手が及ばない場所を不法に占拠している一帯のことで、ブラジルだけではなく、南米のさまざまな場所で見ることができる。

一口にファベイラといっても実情はさまざまで、ギャングに支配されていて殺伐とした雰囲気が漂っているところもあれば、電気や水道が通っていて、住所が設定されているところもある。

ファベイラに住んでいる人の中でも、9割ぐらいはまともな仕事をしているんだ。女性だったら都市に住む中流階級以上の家でメイドをしていたり、男性だったらバールで働いていたり、肉体労働をしていたりっていうふうにね。そういう真面目な仕事をしたくない連中が犯罪集団化して、強盗になったり麻薬を売買していたりするんだよ。

――2002年に製作され、ブラジルのスラムの現状を生々しく描いているとして世界中で話題になった『シティ・オブ・ゴッド』という映画がありますが、あの映画はどうでしたか?

嵐 あれこそリアルだと思うよ。今は少し時代が変わったけど、ファベイラの実情をよくあそこまで描くことができたと思う。

――嵐さんはファベイラに入ったことはありますか?

嵐 3回、取材で訪れたことがある。やっぱり怖いよね。俺はその他、アジア、アフリカなどのスラムも取材して回っているんだけど、ブラジルのスラムは他の国のものと比べても断トツに怖い。

彼らからすれば、自分たちが住んでいる場所を見にこられるというのは気持ちいいはずがないよね。睨みをきかせてきたり、探ってくるような、よそ者を監視するような眼差しを向けられるよね。

――嵐さんの知り合いでファベイラを取材した人はいますか?

嵐 俺の兄貴分のような人に、シュウさんという人がいるんだけど、彼はちょっとクレイジーなんだ。他の人が躊躇するようなところでも1人でガンガン入っていってしまう。

ブラジルってカーニバルが有名でしょ。シュウさんは一時期カーニバルにハマっていたことがあったんだけど、カーニバルとファベイラというのは少し関係があるんだ。カーニバルに出場するチームの中に、ファベイラがお金を出しているところもあるんだね。そういうチームの場合、練習会場はもちろんファベイラの中にある。

普通の日本人だったらカーニバルに興味があるからってそんな場所まで覗きにいったりしないよ。だけど、シュウさんは1人でファベイラに突入していったんだ。

――ヤバイ予感しかしないんですが、どうなったんですか?

嵐 練習会場がわからなくて、シュウさんは、ファベイラの中のバーで飲んでいた。すると突然、外から乾いた銃声が聞こえてきた。バーの中にいた客や店主は反射的に床に伏せる。

その後、静かになったので、シュウさんが外に出てみると、向かいの建物の屋根の上に銃を持った少年が立っていて、シュウさんを見るとからかうようにニヤッと笑って、空に向かって、パンパン!と発砲したんだ。

――シュウさんは逃げ帰ったんですか?

嵐 いや、それが、そのまま奥のほうの道に入っていったんだ。丘のようなところを越えていくと、パトカーが5台ぐらい停まっていた。ファベイラの中を東洋人が1人で歩いているんだから怪しいよね。シュウさんはホールドアップされた。すると、警官の顔が突然強張った。

何事かと思うと、シュウさんの後ろから機関銃を持ったファベイラの連中がやってきて、「ここで勝手なことをするな」と警官たちに言ったんだ。警官たちも銃撃戦になって死にたくはないから、そのまま逃げていった。

ファベイラの連中がシュウさんに尋ねる。「お前はなにをしているんだ?」。シュウさんがカーニバルの練習会場を探していると答えると、「こっちだ」と案内してくれたんだって。

――無事に会場につけたんですね。

嵐 それで一緒に踊っているんだから、本当によくわからない人だよ。だけど、シュウさんだから平気だったわけで、他の人だったらどうなっていたかわからない。くれぐれも安易な気持ちで入ってはいけない場所だと思うよ。 

――中を覗いてみたい人はどうすればいいですか?

嵐 ファベイラの中でも比較的治安のいい場所などは旅行会社が見学ツアーを組んでいたりするから、それに参加してみるといいんじゃないかな。俺も参加したことがあるけど、料金はたしか3000円ぐらいだった。

ツアーの場合は、その費用がファベイラのボスのところに回るわけで、ボスからしてみれば貴重な収入源だから、ツアー客を襲うようなことはない。

――この記事を読んで行くような人はそうそういないと思いますが......。では、せっかくカーニバルの話が出たので、有名なブラジルのカーニバルについてもうかがいたいのですが。

(後編につづく)



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Written by 草下シンヤ

Photo by 小神野真弘

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海外ブラックロード -危険度倍増版-

改めて日本って平和なんだなぁ

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