(連載:岡留安則の編集魂 第8回)
オバマ大統領の2泊3日の国賓待遇の訪日。警視庁も1万6千人の警備体制を敷いたというから、国威をかけての招聘劇だったのだろうが、戒厳令のような物々しい警備にはうんざりさせられた都民も多かったのではないか。
ミシュラン三ツ星の銀座の高級鮨店「すきやばし次郎」での接待で、安倍総理はご満悦に見えたが、翌日の高級ステーキ店での打ち上げでは関係者に愚痴を漏らしていたという。
安倍総理としては「バラク」「シンゾウ」というファーストネームで呼び合う親密関係を築きあげたかったのだろうが、オバマ大統領は鮨を食べながらもビジネスライクな話に終始したという。オバマ大統領にすれば、滞在を一日延長したのだから、最大の懸案であるTPP交渉において、日本側から大幅な譲歩を勝ち取りたかったはずだ。
特に牛肉や豚肉に関しては大幅な関税の引き下げである。TPPにおいて最大の利益を得るのは米国である。自由貿易は経済力のある大国の方が圧倒的に有利になる。農産物5品目の関税障壁がなくなれば、日本の農業は壊滅的打撃を受ける。しかし、米国側にすれば、今秋に予定される中間選挙で勝ち抜くためにも米国民に支持される結果を出さなければならない。TPP交渉は日本にとっても米国にとっても、まさに国対国の正念場の戦いの場なのだ。
しかし、結果的にTPP交渉は合意に至らず、先送りされた。甘利明担当大臣とフロマン米国通商代表との長時間にわたる交渉の場では語気を強めて、決裂寸前の局面もあったといわれる。国の威信と権益をかけたTPP交渉が厳しい内容であったことは十分に推察される。しかし、興味深いのは讀賣新聞などの一部のメディアは合意成立と報道していることだ。
大半のメディアは交渉妥結ならずという論調だった。麻生太郎財務大臣も、米国の中間選挙前の妥結は困難との見通しを示していた。
一体、どちらがホントなのか。想定できるのは、安倍総理や官邸に情報源を持つ讀賣は、合意成立という確証を得た上で、世論操作の役回りを担っているということだ。その確証も、明確な数字をつかんでいるわけではなく、落としどころはこの線でという日米の合意ができたという見方だ。安倍政権としてもTPPに関しては有権者や支援団体との公約もあり、自民党内でも意見が統一されている案件ではない。つまり、不用意に公表できるレベルの問題ではないのだ。時期を見て、「これがぎりぎりの交渉だった」と弁明する魂胆ではないのか。
仮にTPP交渉が日米間において決裂したとなれば、交渉参加国全体に与える影響は大きい。オバマ大統領も安倍総理も国際的な信用を失うことになりかねない。今回の日米首脳会談で目玉ともいえるオバマ発言は、尖閣諸島は日米安保5条の適用対象と明言したことだ。
これまでも、米国サイドから同様の見解は示されていたが、現役の大統領が明言したことの政治的な意味合いは少なくない。しかし、日米同盟はかつてないほど盤石と語る安倍総理に対して、オバマ大統領は、「領土問題で事態をエスカレートさせることは重大な誤りだ」と釘をさした。この尖閣発言は、ロシアへの経済制裁を決めたオバマ大統領の日露接近を牽制する意味合いと、TPP交渉での大幅譲歩を引き出すための餌という位置づけがあったと見ておくべきだろう。
日本から韓国に渡り、パク・クネ大統領と会談したオバマ大統領は、従軍慰安婦問題に対して倫理的観点から厳しく批判した。靖国参拝同様、日本への牽制である。韓国の後、マレーシアとフィリピンを訪問したオバマ大統領は、フィリピンに米軍の滞在施設の建設とネットワーク駐留の方針も打ち出した。中国との間で緊張関係を生み出している南沙諸島防衛でフィリピン側が米国に要請したものだ。
こうして見ると、オバマ外交は対中包囲網形成にも見えなくもない。しかし、オバマ大統領はミシェル夫人と娘たちを中国へ訪問させている。招待者は、習近平夫人の膨麗媛氏。米国も中国も外交においては実にしたたかなのだ。東アジアで隣国同士が余計な緊張感を作り出すことなく、中立的な立場で米国がヘゲモニーを握る事が目的なのだ。岩石の島・尖閣をめぐり、米国が武力を行使する可能性は低い。それよりも、ロシア封じ込めのためにも、米国の権益と主導権を確立するためにも東アジア共同体を強化することなのだ。
【前回記事】
安倍政権の専制政治に迎合する大手メディアの情けなさ by岡留安則
Written by 岡留安則
Photo by PBoGS
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