【特集◎NHK紅白歌合戦の闇】 「ジャニーズ枠」とは何か・第二弾! ~近藤真彦の登場で四枠へ|文◎平本淳也(元ジャニーズJr.)

2017年12月29日 NHK SMAP TOKIO 紅白歌合戦

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1981年には近藤真彦が初出場して「2枠」が復活する。続く82年に出場したのは「シブがき隊」で、白組トップバッターというフレッシュな扱い。ちなみ第33回は、シブがき隊から田原俊彦、近藤真彦に繋ぐ3組連続ジャニーズという快挙で「3枠」獲得。この3枠は82年から85年まで4年続き、86年の少年隊の初出場により4組へと拡張に導いた。

順風満帆かのような黄金時代と思いきや87年に田原俊彦がまさかの落選。連続出場も7回でストップしてしまった。80年代に突入すると次第に大きくなる「特定事務所の枠」が目立ってきたせいか、田原の落選と同時に勢いが止まった5回連続のシブがき隊の2組が紅白から消えて4枠からいきなり2枠の半分になってしまった。

ただジャニーズの勢いそのものは止まっていない。この87年夏にはあの「光GENJI」がデビューした。デビュー年の紅白出場は果たせなかったものの翌88年に「第30回日本レコード大賞(大賞)」を引っ提げて、同年デビューした男闘呼組と共に初出場で近藤真彦と少年隊と合わせ4枠が早くも復帰する。ちなみに前年「落選」して傷ついた田原俊彦は「紅白は卒業」を宣言していたため出場には至らず。

続いて89年には近藤真彦が消えて3枠となり、90年には「忍者」が初出場したが、男闘呼組が去ってしまったため「ジャニーズ少年御三家」の揃い踏みは実現しなかった。そして翌年には、ついにSMAPがデビューする。

将来の国民的スーパースターもデビューシングルはジャニーズ最低記録の15万枚で当然の1位も獲ることが出来なかったが、同年大晦日には初出場を成し遂げてその名を全国に知らしめた91年の3枠体制は3年間続いた。

ちなみに91年のSMAP初登場の時の「相手」は工藤静香である。88年から7年連続出場している静香を追ってSMAPが参戦した91年から94年までの4年間「未来夫婦共演」が画に残っている。それから6年後に結婚となり、世間を驚かせたSMAPは2015年まで出場を続け、5回の大トリを務める功績を残す。

ただし、SMAP時代の幕開けと同時期に紅白の枠も突然縮小されてしまうのだった。『がんばりましょう』で出場した4回目(94年)からジャニーズは2枠限定となっている。この年の9月にデビューして年末の紅白出場を決めたTOKIOとの2組体制が2008年まで15年もの長い間続いた。(続く)


文◎平本淳也(元ジャニーズJr.)

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