NHK総合を含む地上波のTVで性風俗に関する特集が組まれ、大きな反響をもたらしている。Twitterを観察してみると、普段から表現規制問題を取り上げる事の多い方や、女性と思われるアカウントなど、幅広い人々が概ね好意的に受け止めたようだ。
しかし、こうした流れはとても喜ばしい事ではあるが、逆に裸仕事の女性達を追い込む結果に繋がりかねない落とし穴も同居している。今回はこの点について極力丁寧に解説させていただこうと思う。
ついに地上波で飛田新地の映像が
マツコ・デラックスと友近が出演した日本テレビ系のバラエティ番組「かたせ梨乃が進駐軍の前で踊り狂った時代...とマツコ」(10月8日放送分)は、日本の風俗の歴史を特集したもので、パンパン(進駐軍相手の娼婦)特集の中で "ハマのメリーさん" が扱われたり、7~80年代の時代のあだ花とでも言うべき様々な業態が紹介されたり、更には飛田新地を取材して実際の建物の中にカメラを入れたりと、過去の地上波番組では見た事がない深い切り込み方をしていた。
内容的にも「よくぞ」と思わせる点が多く、【売春防止法・建前・お目こぼしと救済】の関係性にも言及しており、厳しい制約の中で言うべき事は言い切ったと評価して良いのではないだろうか。
全体的な雰囲気としても、バラエティ番組として必要な最低限の笑いはあるものの、知的な考察と歴史の研究というテーマからブレる事なく、嫌悪感を抱かせない造りに仕上げた事を評価したい。
NHKで1週間前にはストリップ特集
飛田特集に先がけること約1週間前の10月2日には、なんとNHK総合でストリップの特集が組まれていた(ノーナレ「裸に泣く」)。過去にストリップが取り上げられたTV番組といえば、地上波ではタモリ倶楽部や有吉ジャポンといった深夜番組が殆どだったが、衛星放送などではなくNHK総合で取り上げられたという点に、何よりも大きな価値と強い衝撃がある。
なんせ、ストリップをはじめとする "裸仕事" を取り巻く法律は今も雁字搦めのままなのに、際立ってコンプライアンスに厳しいNHKが「文化としてマジメに取り上げた」のだから、警察の姿勢や世の中の風向きが変わってもおかしくない大きな一歩である。
さて、この番組の中心となったのは日本最大にして最古のストリップ劇場・浅草ロック座で、踊り子さんが化粧中の楽屋、ファンの声、実際のステージ、そして終演後の深夜に行われる厳しい稽古など、ストリップの表と裏をありのままに淡々と映し出していた。
近頃はストリップに通う女性客が増えているのだが、それを知らない視聴者は客席から舞台上の踊り子を食い入るように見ている大勢の女性の姿を見て衝撃を受けたようだ。
だが、実は女性がストリップに惹かれるのは当たり前といえば当たり前の話なのである。
なぜ女性がストリップに惹かれるのが当たり前なのか
もしこの記事を読んでくださっている方の中に女性がいたら思い出してみて欲しいのだが、この国は男性の肌の露出には寛容なのに、女性には異常に厳しいと感じた事はないだろうか。
それには女性を守るためという目的がある事は重々承知しているが、冷静に理路整然と「どうしてそうなのか」を説明出来ているとは思えず、とにかく「見せるな! 隠せ!」といった感情論や、偏狭な価値観の押し付けばかりが目立つ。もはや「女性の身体はわいせつ物である」とされているも同然の息苦しさがあるのだ。
そんな世の中で生きていたら、女性は自分が当たり前に持っている当たり前の身体に対して、ネガティブな感情を抱いてしまわないだろうか。持って生まれた身体にネガティブになるなど、そもそもがおかしな事ではなかろうか。
そうした日々のモヤモヤや、鬱屈した想いを抱えた女性にとって、ストリップがどのように映るか考えてみよう。
まず第一に、ストリップが何を商品としている商売かというと、女性の肉体の美しさそのものである。特に今回特集された浅草ロック座は "芸事" という意識が極めて強い劇場で、「浅草に乗れる踊り子」というだけで、他の劇場の踊り子さんとは格が違うとまで言われている。
そうした日本でも最高峰の踊り子が、女体が持つ曲線の美しさ、柔らかさ、華やかさ、しなやかさ......を、音と光の演出に合わせて表現してくれるのだから、女性客からすれば「自分の身体にはこんな可能性があったのか」という発見になり、また自信にも繋がる事は想像に難くない。
現在の日本では、女性が女性の肉体を肯定できる機会はさほど多くなく、その限られたひとつがストリップなのである。
浅草ロック座を作り上げた女傑
浅草ロック座の演目のクオリティの高さには理由がある。それは、浅草ロック座を作り上げたのが「東八千代」という芸名で活躍していた元踊り子・斎藤智恵子という女性だからだ。
彼女は関西式の風俗に寄った卑猥なストリップショーを嫌い、女性を美しく見せる事を重視した。その為に踊り子には芸事として通用するだけのスキルを身につけさせ、また照明・音響・衣装・舞台装置にも気を配った。この方針が浅草ロック座を唯一無二の存在とし、今では女性客を惹き付ける魅力ともなっている。
この "智恵子ママ" の思想や哲学は、踊り子だけではなく男性の裏方スタッフにも伝えられていた。在りし日の智恵子ママの薫陶を受けたという人物は「アンタは【女性器を指す単語】に食わせて貰ってるんだから感謝しなさい」と、事あるごとに言われたという。こういう思想が根底にあるからこその浅草ロック座であり、それが客の女性にまで伝わったからこそ、女性を中心としたストリップブームが起きようとしているのではないだろうか。
智恵子ママといえば、勝新太郎やビートたけしですら「頭が上がらない」という伝説の女傑だが、彼女は死してなおストリップや自活する女性の守護者であり続けているのだ。
浅草ロック座名物 深夜のゲネプロ
今回この記事を執筆するにあたり、浅草ロック座のご厚意で、10月11日から始まる新公演のゲネプロ(最終リハーサル)を見せて頂いた。浅草ロック座のゲネは、営業が終わる23時過ぎから始まり、朝までぶっ通しで行われる過酷さで知られている。この日もすべてのレッスンが終わったのは朝の8時過ぎだった。
さて、この11日からの興行のタイトルは「秘すれば花」で、これは能の大家・世阿弥の「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」から来ていると思われる。この言葉を直訳すれば「秘めるからこそ花は花となる。秘めねば花は美しさを失ってしまう」となるが、エンターテイメントショーに共通する教えとして考えると少々解釈が変わる。
"花" は成果を指す言葉であろうから、"感動" など客の心の動きとし、"秘める" については"予想させない" "隠す" といった解釈になるだろう。よって「客は予想外の出来事に心を動かすのだから、結果を見透かされない芸を見せねばならない」といった意味となる(はず)。
NHKの放送を受けて新規客が増える事を見越してなのか、これほど浅草ロック座のストリップを端的に表現した、覚悟を感じさせる興行タイトルは他に思い浮かばない。テーマ的に能がモチーフになっているためか、ゲネの内容からは和のテイストが強く感じられ、アクションからファンタジーまで幅広い演目が揃っていた。
今回の興行の主役は川上奈々美さんで、彼女は恵比寿マスカッツとしての活動のほか、映画や舞台への出演も多く、歌手デビューも果たしている才人。
その他の踊り子さんも卓越した技術のある方が多く、中でも注目したいのは元バレリーナのみおり舞さん。彼女は若手バレリーナの登竜門・ローザンヌ国際バレエコンクールでセミファイナリストに残った実績を持っている。
加えて、こうした実力も実績もある踊り子さん達の華やかさを更に際立たせるべく、しっかりと金のかかった衣装や小道具が用意され、プロジェクションマッピングの手法を取り入れるなど、最先端の照明・音響技術も使われていた。
「どうせ脱ぐのだから」と気を抜かず、着衣シーンにも全力を注ぐのが浅草ロック座なのだと、改めて思い知らされた一夜だった。
飛田やストリップが目立つ事の危険性
では最後に裸仕事につきものの法律の話をしておこう。あまりに危険すぎて言えない事の多すぎる飛田新地と違い、説明した通り浅草ロック座はカテゴリー的に "芸能" に含まれてもおかしくはない。それに裸仕事とはいえ性行為がないのだから、"危険度" でいえば飛田よりも圧倒的に安全だと思う人が多いはず。
だがしかし、浅草ロック座といえども刑法175条の管轄下にあり、警察の思惑次第でいつ「わいせつである」と摘発を受けるか分からない。言葉は悪いが、警察からすれば売防法の飛田新地も、公然わいせつのストリップも、等しく「犯罪者予備軍」程度の扱いなのである。
冒頭で「TVで取り上げられると裸商売の女性が追い込まれる可能性がある」と述べたが、その理由がこれだ。
性と性表現を取り巻く時代錯誤の法律は何一つ変わっておらず、今なお警察都合で「被害者がいなくても犯罪者を作り出せる」状況にある。TVで取り上げられれば、新しい価値観に気付いた人々が押し寄せ、しばらくの間は客が増えるだろう。今はSNSなどで情報発信が容易であるから、利用客の好意的な反響が膨らめば、一大産業と呼んで差し支えない規模に膨らむ可能性もある。
しかし、そうなった場合に警察は黙っていない。必ず「お前らわかってるな?」と、法を武器にして目立つ場所をイジメて回る。場合によっては踊り子さんや風俗嬢も逮捕され、結果として業界は萎縮する。それが日本のエロ業界のお約束であり、これまでに繰り返して来た歴史だ。
こうした法律の問題を今すぐどうこうするというのは難しく、またこの先もマイナスプロモーションになる可能性の方が圧倒的に高い以上、力を貸してくれる政治家の出現には期待できない。
しかし、皆が心の片隅に「わいせつって何だ?」「その法律は時代に合ってないのではないか?」という疑問を持ってくれれば、いつか風向きが変わるかもしれない。この国が民主主義国家である以上、世論・民意の後押しさえあれば、法律は変えられる物だからだ。
だが、それには女性の応援と理解がある事が絶対の条件になる。これまでのような「男が女の裸見たさに騒いでいるだけ」と受け取られるようなロジックでは、世の中が変わるほどの動きにはならない。女性の力が無ければ、この先も女性の身体は「わいせつ物」として扱われ続けてしまう。
そういった意味で、今回地上波のTV番組で飛田新地とストリップが裏側も含めて特集され、世の女性達から大きな反響があった事は、将来的に売春防止法や刑法175条を大きく変える布石となり得るのかもしれない。
最後になるが、法を変えるなどという大それた話でなくとも、飛田新地の嬢達、そしてストリップの踊り子さん達、様々なリスクを背負って裸一貫で戦う彼女達に対して、もう少し尊敬や労いの気持ちが向けられる国になってくれればと願う。(文◎荒井禎雄)
◇取材協力 浅草ロック座
http://asakusa-rockza.com/
『秘すれば花 1st season上演中(出演:川上奈々美ほか ) 』
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