無縁墳墓の祟り 「墓石に刻まれている戒名の数が、祖父が亡くなったときよりも明らかに増えている」|川奈まり子の奇譚蒐集三五

先日、土木工事関係の仕事に従事している友人・角田さんから聞いたことなのだが、昨今は都立霊園の無縁墳墓の撤去や改葬を行うにあたり、工事を請け負う業者を都が入札で選定しているとのこと。

つまり作業ごとにオークションにかけ、落札した業者に発注する次第。

東京都のホームページで入札情報を開示しているというので確かめてみたところ、さまざまな作業について盛んに入札が行われており、そこには雑司ヶ谷・青山・八柱・八王子・多磨・小平の各都立霊園における無縁墳墓の改葬が確かに含まれていた。

また、改葬の入札に参加している事業者の中には、以前、角田さんに紹介してもらった某造園会社も見受けられた。その会社は角田さんの取引先だから、彼が詳しいのも道理なのだ。

角田さんによれば、昔はどの都営霊園も、地元と所縁が深く、管理事務所や出入りの寺社などから信頼されてきた老舗業者に作業を発注していたが、いつの頃からか、都が入札で事業者を選ぶようになったそうだ。

入札が実施されはじめた当初は、とにかく安く請け負う新規参入業者が落札していた。老舗業者ははじき出され、都営霊園の管理を取り巻く状況が一変するかと思われた。

ところが数年のうちに、少なくとも無縁墳墓の改葬作業については、再び老舗の独断場になってしまったのだという。

それも、正当な落札手続きを踏んだ上で、だ。

なぜそうなったのか?

直接の理由はごく単純だ。低料金を売りにする新しい業者が、ことごとく、改葬の入札には参加しなくなったのである。だから老舗が仕事を取り戻した。

では、なぜ新規参入者たちは改葬への興味を失ったのか?

角田さんは、その理由については、こう述べている。

「なぜなら怖いことが起きたから……と、私たちの間では言われています。

改葬というのは、元の霊園から墓石などを撤去して更地にして、移送先の霊園にお墓を納めることです。だから最低限、人手と重機と運搬車があれば出来ます。

でも、ただお墓をほじくり返して石をよそに移せばいいのかっていうと……ねえ?」

仏教や神道では、改葬や墓じまいに伴って、「魂抜き」または「お性根抜き」と、これと対になる「魂入れ」や「お性根入れ」もしくは開眼法要が行われる。

つまり、お墓を弄るにあたっては、お坊さんか神主さんを呼んで儀式を執り行う必要があるとされてきたのだ。

「しかし、お寺さんや神社にお祈りしてもらうのは当然タダってわけにはいきませんよね。だけど、そういう宗教儀式には合理的な根拠が無い!

だから、安さを売りにした業者たちは、そこらへんを省略したわけです。

それでもせめて現場作業員が死者の魂に対して畏敬の念を持っていたらよかったのかもしれませんが、作業時間を短縮しないと人件費がかさみますから!」

お墓に向かって頭を垂れるヒマがあったら、さっさと掘り起こした方が経費節約になるというわけである。「どうせ誰もお参りに来ない無縁墓なのだ」と思えば、よけいに作業も荒っぽくなりそうだ。

けれども、あくまでも、お墓の主役は亡くなった仏さまたちなのではないか?

彼の世がご先祖さまたちの本拠地だとしたら、お墓はいつでも立ち寄れる彼らの一時休憩所、そして子孫との面会処になるのでは。

だとしたら墓所を普請するためには彼らの赦しを乞わなければならず、許可なく工事を行えば……?

「よっぽど恐ろしいことがあったんじゃないですか」と、角田さんは言う。

「安く請け負った新規参入業者は、どこも二度と入札に参加しなかったようですよ」