無縁墳墓の祟り 「墓石に刻まれている戒名の数が、祖父が亡くなったときよりも明らかに増えている」|川奈まり子の奇譚蒐集三五
角田さんからこの話を聞きながら、私は数日前に電話インタビューで傾聴したばかりの、ある体験談を想い起していた。
それも無縁墳墓にまつわる話だったのだ。
しかも偶然、とある都営霊園を舞台にしていた。
体験者さんのお名前を、仮に高橋晶子さんとしておく。これは、現在38歳の晶子さんが小学2年生の頃に端を発した出来事だ。
およそ30年前の11月、晶子さんの父方の祖父母が相次いで亡くなった。
祖母が病死し、その葬儀の一週間後に祖父が自宅の庭先で倒れているところを発見されたのである。
祖父は意識を取り戻さないまま、搬送中に死亡した。
検視の結果、彼は泥酔して深夜に帰宅し、庭で眠り込んでしまったのだろうとされた。運悪くその夜は気温が低かったため低体温症に陥り、心臓に持病を抱えていたせいもあって死に至ったに違いないというのである。
晶子さんの見たところでは、両親や親戚のうち、この祖父の死に方について疑問を抱いた者はいなかった。
――3歳年上の晶子さんの兄と、彼女自身を除いては。
「あのお地蔵さんのせいじゃない?」
と、晶子さんは兄に訊ねた。
祖父急死の知らせを受けた直後だった。
「誰にも言うなよ!」
兄は怖い顔をして晶子さんを睨みつけた。
事の経緯はこうだ――。
きっかけは、祖母が亡くなった後に都営霊園の墓所を訪ねたとき、隣のお墓が荒れ放題になっているのに気がついたことだった。
それを、晶子さんの祖父が問題視した。
「ばあさんは綺麗好きだった」と祖父は息子たち――晶子さんの父とその弟である叔父――に訴えた。
そこで、父と叔父は霊園の管理事務所に「せめて雑草を刈ってくれないだろうか」と頼んだわけだが、管理事務所は「勝手に弄るわけにはいかない」と主張して一歩も譲らなかったのである。
すると、父と叔父は、こっそり隣の墓所の草取りをしてしまうことにした。
そして、晶子さんと兄はその手伝いをさせられて……そのとき見つけた小さなお地蔵さんを、盗んだ。
盗んだとしか言いようがないけれど、罪悪感は薄かった。
それは、高さ20センチほどしかなく、墓所の出入口近くに生えたススキの繁みに埋もれて転がっていた。兄の第一声は「なんか落ちてる」で、父は空き缶か何かを見つけたのだと思い込んだらしく、「拾って捨てとけ」と命じた。
兄はススキの繁みを取り払いながら、それを拾うと、「晶子ォ」と妹を呼んだ。
そして黙って晶子さんに地蔵を見せた。父や叔父の目に入らないように両手で囲いながら。
「シーッ」と、兄は人差し指を唇の前に立てた。その目もとが微笑んでいたので、晶子さんも面白くなってきた。
――内緒、内緒。
そして、特に理由はなかったが、2人で協力し合って、地蔵を兄が持ってきていたリュックサックに放り込むと、そのまま家に持ち帰ってしまったのだ。
確かに、ちょっと可愛い顔をした石地蔵だったが、欲しかったかと問われれば、首を横に振ったはず。
だんだん大人びてきて近頃ではあまり構ってくれなくなった兄と、子どもっぽい秘密を共有できたことが楽しかったのかもしれない。
地蔵を隠すのは雑作もなかった。なぜなら、8歳の晶子さんの手で握り込める小ささで、百科事典より軽かったから。
初めは不気味だとも思わなかった。兄も晶子さん自身も、捨てられていた玩具か特別な色をした小石を拾ったような心地でいた。
とは言え泥棒をしたという自覚は、少しはあった。
2人はお地蔵さんを子ども部屋の押し入れに隠した。
ところが、翌日、学校から帰ってきた兄が「お地蔵さんが消えた!」と騒ぎだしたのだ。
祖父の死は、その数日後のことだった。
晶子さんは、地蔵が消えるまでは、反省なんかこれっぽっちもしていなかったのだが、石の地蔵が煙のように消えるという不可思議を目の当たりにして、何か非常に拙いことをしでかしたような気がしてきた。
兄も深刻に受け留めたようで、一所懸命に地蔵を探していた。晶子さんも一緒に家中を探しまわったが、どうしても見つからなかった。
そこで次第に、自分たちはいけないことをしてしまったのだと感じるようになってきたのだという。
そこへ持ってきて、祖父が急に死んだ。
「地蔵の呪いだ!」
兄は物陰に晶子さんを引っ張り込むと、そう囁いた。
途端に、おじいちゃんが死んだのは隣のお墓からお地蔵さんを盗んだからだ、と、晶子さんは閃いてしまった。
「どうしよう? おとうさんとおかあさんに相談する?」
自分たちの手には負えないと思ったのだが。
「駄目だよ! 言いつけたら許さないからな!」
兄にきつく口止めされて、彼女は悩み、夜も眠れなくなってしまった。