無縁墳墓の祟り 「墓石に刻まれている戒名の数が、祖父が亡くなったときよりも明らかに増えている」|川奈まり子の奇譚蒐集三五
地蔵は一向に見つからなかった。
しかし、祖父の葬儀が済んだ後のこと。
親戚一同で連れ立って祖父が暮らしていた家を訪ねたところ、庭にあの地蔵らしきものが落ちているのを、晶子さんが発見したのである
「おにいちゃん! あれ、そうじゃない?」
小声で兄に問いかけながら、植え込みの陰を指し示した。
アッと兄が叫び、すぐさまそこに駆けていく。晶子さんも後を追った。
――間違いない。あのお地蔵さんだ!
押し入れから消失したのも不思議だったけれど、見つかれば見つかったで、なぜ祖父の家にあるのかわからず、恐ろしさが増した。2人でしゃがんで地蔵を凝視するばかりで、どちらも触ろうとしなかった。と、そこへ……。
「何を見てるのかな?」
急に後ろから父が声を掛けてきた。晶子さんは心臓がしゃっくりをしたみたいに感じで、一瞬、頭の中が真っ白になった。
兄も無言だった。どう取り繕おうかと必死に考えていたのかもしれない。
全部、白状するとしても、晶子さんの手には余ったし、兄にとっても容易ではなかっただろう
――盗んだこと。押し入れに隠したこと。探しても見つからなかったこと。
――おじいちゃんが死んだのは、自分たちがお地蔵さんを盗んだせいかもしれないこと。
ところが、である。
父は地蔵を見るなり、「ああ、これ、まだ返していなかったのか」と呟いたので、一気にわけがわからなくなった。
兄の方を見やると、目と口を大きく開いて完全に固まっている。
晶子さんも、驚きのあまり声も出ない。
父は、そんな2人のようすに気を取られるそぶりもなく、穏やかな表情で、地蔵を拾いあげて土を払った。
そして、「おじいちゃん、このお地蔵さんを隣のお墓から持ってきちゃったみたいなんだよ」と、軽く苦笑しながら晶子さんたちに向かって話しはじめた。
「亡くなる2日ぐらい前に、このうちにようすを見に来たとき、隣のお墓にあったものだと言って見せてきたんだ。だから、そんなものを持って来ちゃダメじゃないか、と、怒ったんだよ。そしたら、明日返しに行くって……。やれやれ。まだ返していなかったんだなぁ」
と、こう……耳を疑うようなことを述べるではないか!
晶子さんは咄嗟に、「おじいちゃんも私たちと同じことをしたのかな」と思った。
つまり、お地蔵さんは実は2つあった。そのうち1つを晶子さんと兄が、もう1つを祖父が盗ってきたに違いないと考えたのだ。
けれども兄は、思いつめたような表情をしたかと思うと、その場で父に「違うよ」と言った。
「これは僕たちが隣のお墓から盗んだんだ!」
晶子さんはビックリしたが、兄の真剣な顔を見たら、口を挟めなくなった。
「僕と晶子が内緒で持ってきて、子ども部屋の押し入れに隠したんだ! でも、いつの間にか消えちゃった! 魔法みたいにね!」
そう、それは呪いだから、と、晶子さんは思った。
ところが、兄の出した結論は、まったく違うものだった。
「きっと、おかあさんが押し入れから見つけて、おじいちゃんに渡したんだよ!」
――なるほど! さすが、おにいちゃん!
晶子さんはスーッと胸のつかえが取れて、「そうなんだよ!」と兄に同調した。
当然、2人揃って父にこっぴどく叱られることになった。
叱られるのなんて、呪いに比べれば、なんでもなかった。間もなく、ここに母が登場して「そのとおり。私がおじいちゃんに渡しました」と言うことを晶子さんは期待していた。兄も同じ気持ちだっただろう。
だが、父が母を呼んで説明を求めるたところ、母は一瞬の躊躇もなく、「こんなお地蔵さんは見たことがない」と述べた。
「もしもあんたたちの部屋でこれを見つけたら、すぐさま問い質してますよ! おお、厭だ! 気味が悪い!」