ある一家と霊 「母が見たという女の霊はこれに違いない!」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

茂男さんはその後すぐに母にこの話をした。
母は少しも驚かず、「言わねでおこうかと迷うてた」と前置きして、「毎晩来らんだ」と言った。

「毎晩って。まさか、あれから毎晩女の幽霊が出てくるっていう意味か?」
「んだ。心配すらどまいねど思て、黙ってた」
「言ってくれたらよかったのに! 空いている部屋に移るといい。よく寝られないだろう?」

茂男さんはゾッとしつつ母の身を案じたが、母は首を横に振ったのだった。

「不思議と、あんまり怖ぐね。だんだん慣れらみてで、もう平気だし」

茂男さんが「俺は怖かった」と述べると、母は少し笑って、こんなふうに彼を諭した。

「次さ遭うたら、よぐ見でみまれ。何もしてこね。影みてのもんだ」

ひと月ほどして、ときどき顔を合わせる先輩運転士が以前この部屋に住んでいたいたことを茂男さんはたまたま知った。
そこで、その先輩にさっそく一連の出来事を打ち明けたところ、あっさりとこう返された。

「あそこは、いるよ」

平然とした調子で、幽霊がいると言うのである。

「俺は毎日、夜中の3時きっかりに目が覚めた。それが合図で、目を覚ましたときには、きまって部屋の隅に髪の長い女の人がこっちを向いて正座してる。最初は怖かったけど、毎晩のことだからすぐに慣れちゃった! 最終的には、目を覚ましたついでにトイレに行くのが習慣になっていたな。幽霊の前を通ってトイレに行ってきて、戻ってくるとまだ正座してるんだけど、放っておいて布団に入って寝直していた。……いちばん奥の和室だよ」
「そこ、母の部屋ですよ! 先輩のご家族は、なんて?」
「そのときは俺ひとりだったから。本来は家族向けだけど、最近じゃ独身でも関係なく入れてもらえるみたいだ。どういうわけか空き部屋が多いんだよね、あの棟は」

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