ある一家と霊 「母が見たという女の霊はこれに違いない!」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

社宅に帰るとすぐに荷ほどきに取り掛かろうとする母を「明日から少しずつ片づければいいから」と説き伏せて早々に布団に入らせ、自分も0時前には床に就いた。入居した部屋はファミリー向けの4LDKで、洋室も2部屋あったけれど、布団を敷くことを考えると和室の方がしっくりする感じがして、もう1つの和室で寝た。

電気を消しても真っ暗闇にはならなかった。社宅の周囲にポツポツと街灯があったことを茂男さんは思い出した。

この棟の右隣は児童公園で、左の方にも人の出入りが少ない政治団体の集会所を挟んで公園があるが、こちらは池や森やスポーツ施設を備えた敷地面積の広い大公園だ。棟の背後は社宅の別棟が緑地帯と舗道を間に挟みながら2つ並び、前方には一般家屋が5、60軒建っている。
家並みは鳥屋野潟の沿岸道路まで続いているが、今日、母と歩いてみたら、ここから岸まで300メートルもないぐらいだった。

茂男さんは目を瞑り、青空を映した水面と母の笑顔を瞼の裏に蘇らせて、本当に良いところだとあらためて思った。
来年の春まで、できれば母には観光客の気分で滞在を楽しんでほしいけれど、親孝行させてくれるかなぁ……骨身に苦労が染みついているから無理なんだろうなぁ……。

「ゆうべ、枕のそばに誰か立ったんだよ。ミシミシ、ミシミシ、頭のまわり歩くもんだすけ、よう寝られんかった」