ある一家と霊 「母が見たという女の霊はこれに違いない!」|川奈まり子の奇譚蒐集二三

やがて11月になり、茂男さんは礼奈さんと無事に結婚した。
三十路半ばを過ぎて迎えた大切なお嫁さんなので、オバケなんかのせいで出ていかれては困る――と、母子でこっそり相談して、礼奈さんには例の髪の長い女については内緒にすると決めた。

「母さんは、相変わらず、見るんだろう?」
「んだ。毎晩」
「律儀な幽霊だなぁ。俺はもう滅多に見ないけど、別の棟の廊下にも出ると後輩が話していたよ。外廊下に女の幽霊が立っていて、窓から覗いてくるんだと。別の幽霊か、同じ幽霊かわからないね……」

社宅が水辺に近いせいではないかと母が言うので、鳥屋野潟についても茂男さんは少し調べてみたけれど、少なくとも、人柱伝説や何かそれらしい情報は見つけられなかったという。

そこで私も鳥屋野潟の伝承を探してみたところ、冒頭に掲げた《鳥屋野潟の亡者舟》の他、3つの言い伝えが知られていることがわかった。

ひとつは、巨大な亀が棲んでいるという《大ガメ伝説》。鳥屋野潟の女池地区では畳八畳分もある巨大な亀が邪魔をするせいで橋が架けられず、昭和25年にカメ祭りを催して亀を鎮め、それでようやく橋を架けることが叶ったそうだ。

他に、獺が一つ目の大入道に化けて漁師を脅し、獲った魚を奪い取るという《カワウソ伝説》と、ミノにしがみついた虫が光って死を招く《鳥屋野潟のミノ虫》の話があった。

最後のミノ虫は、今でも雑木林などでよく見かける枯葉などの衣を着た芋虫(蓑虫)ではなく、小雨の夜に鳥屋野潟にいると、着ているミノに小さな光る虫のようなものが付いて振り払うことが出来ず、結局、付かれた人は間もなく死んでしまう――という怖い言い伝えだ。

遭遇した者の命を奪うという点で《亡者舟》と似通っている。《亡者舟》の正体は鳥屋野潟で遭難して成仏できない霊だとされているから、ここで水死した人もそれなりに多いのだろうが……。

茂男さんによると、「先輩や後輩にここの社宅で幽霊を見た人が珍しくないことがわかりましたが、最後まで原因不明でした」とのこと。

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