性被害児童の告発映画がなぜか日本では「児童ポルノ」扱いに!?
児童ポルノ法の改正案は、マンガ・ゲーム・アニメなどの二次元作品を除外し、単純所持禁止だけは認めさせるという方向で決まってしまいそうだ。これについては再度別記事として寄稿する予定だが、今回取り上げるテーマは "児ポ法改正を控えた日本の本末転倒すぎる萎縮ぶり" についてである。
一昨年(2012年)に、子供時代にカメラマンの母親によってヌード写真集を発売された女性が、損害賠償とネガの引き渡しなどを求めて実母相手に裁判を起こしたというニュースが話題になった。
母親の名前はイリナ・イオネスコといい、モデルとなった娘の名はエヴァ・イオネスコという。エヴァは母親の被写体以外に女優としても活動し、12歳の時に局部をさらけ出してセックスシーンを演じて大問題となったこともある。
このエヴァ・イオネスコが、自身の経験を元に自伝映画を制作した。己の欲求を抑えきれず娘のヌードを撮り続ける母親と、母の欲望に振り回されつつも、憧れと憎しみの両極端な感情を抱く娘の葛藤を描いた作品だ。
『ヴィオレッタ』(http://violetta-movie.com/)
この映画はカンヌ映画祭で賛否両論の評価を受けるも、フランスでは年齢制限のない映画として劇場公開された。しかし日本では映画倫理委員会が "審査適応区分外" としてしまい、一時は普通の映画館で上映ができなくなるという騒動があったのだ。
[映画のレイティング]
G(年齢制限なし)
PG12(12歳未満は保護者の指導・助言が必要)
R15+(15歳未満は入場・鑑賞禁止)
R18+(18歳未満は入場・鑑賞禁止)
審査適応区分外とは上記のレイティングの中には含まれず、このような区分からも外された作品である。言い換えれば 「審査すらしない」 ということなので、R18+よりもさらに過激な内容と看做されたと考えていい。
映倫によると『ヴィオレッタ』は「未成年者の性的な描写を思い起こさせるから審査適応区分外だ」とのことだったのだが、先に述べた通りフランスではG(グリーン・年齢制限なし)として劇場公開された作品である。
それもそのはずで、この作品は監督自身が児童ポルノの "被害者" であり "加害者" は実母である。児童虐待などで最も深刻な、そして最もよくあるケースを実体験した人物なのだ。そうした過去があるからか、監督は「自分のような経験をする子供を増やしてはいけない」と、劇中で主役の子役にはなるべく肌の露出をさせず、また問題が起きないようカウンセラーを準備するといったあらゆるケアを行ったという。
だが被害者自身の実体験を描いているのだから、シナリオにはどうしたってエロチックな箇所も出てしまう。しかしそれは実在児童が犠牲になる虐待などの問題提起であるし、映画という表現手段は世間に対する啓蒙にもなろう。だからこそフランスでは「年齢制限の必要なし」と判断されたのだ。
ところが、映倫は「性的な描写を思い起こさせる」という理由でレイティング外としてしまった。悪く言えば審査拒否だ 『ヴィオレッタ』がピンク映画やAVよりも過激と言っているようなものだが、これはまったくもって言っている意味が解らない。
「性的な描写がある(実際に子供がヤラれている)」というのであればレイティング外になろうと違法な映像と看做されようと文句はないが 「性的な描写を "思い起こさせる" からダメだ」と言うのである。
そんなことを言ったら、幼女がペットボトルのジュースを飲んでいる姿を見て「性的な描写を思い起こす」変態紳士だっているだろう。だったら作中で子供がジュースを飲んでいる映画はレイティング外になるのだろうか? ソフトクリームやフランクフルトを食べているシーンなど、AVなどでも性行為を思わせる描写として使われる表現だから、見つけ次第打ち首獄門にせねばなるまい。
さすがに今の喩えは我ながら強引すぎるとは思うが、映倫の言い分は「映画という文化に携わる者」として非常に恥ずべき内容である。「本当に中身を見て判断したのか?」という疑念すら抱いてしまう。普通にセックス描写(濡れ場)や暴力描写がある程度ではR15+だろうし、ハードなセックスや暴力、または麻薬使用を肯定するかのような描写があったとしてもR18+に収まるのが通例なのだ。それがセックス描写や未成年者のヌードがなく、むしろ児童ポルノ被害者による問題提起と受け取れ、海外では普通に年齢制限なく上映されたこの作品をレイティング外としてしまうのは、"逃げ" や "萎縮" と決め付けられても反論できないだろう。どう考えても「児ポ法が怖かった」以外に答えが見付からないのだ。
そしてこの話には続きがある。当然の事ながら映倫に対して抗議の声が多数寄せられ、再審査するということになり、最終的にR-15+に指定(これにもまだ不満はあるが)され、無事に劇場公開に漕ぎ着けることができたのだ。結果だけ見たらめでたしと言えなくもないが、一度はレイティング外になったという事実は消えない。
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『来日した主演の美少女を直撃 映画「ヴィオレッタ」の非児童ポルノ認定に監督は"ホッ"』
映画倫理委員会(映倫)は本作に「児童ポルノと指摘されかねない描写がある」として、年齢制限のレイティング(指定)が不可能な「区分指定適用外」と判断、配給会社のアンプラグド(加藤武史代表)が再審査を要求していた。このほど再審査委員会が開かれ、前言を撤回して「R15+(15歳未満は観覧禁止)」に指定し無修正での上映を許可する決定が下された。独自に入手した映倫の「決定書」によると、前述の描写やヴィオレッタの下着姿、写真撮影でポーズをとる場面は審査方針にある「性的な裸体描写」に該当しないとし、こう結論づけている。「児童ポルノを称賛するかのような母親の行為に対して娘が強く反発して自立してゆくという、児童ポルノ自体に否定的な描かれ方がされている。区分適用外として公開の道を事実上閉ざすことは、表現の場をできるだけ確保するという当委員会の使命からも相当でなく、『区分適用外』と判断することはできない」。
(MSN産経ニュースより引用 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140418/ent14041819260019-n1.htm)
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何のために "児童ポルノ" という言葉が生まれたかと言ったら、「実在する児童を性被害から守るため」である。それなのに性被害の実体験を告発し、問題提起を行っている作品に対して、一度は「児童ポルノである」としてしまった映倫の判断は恥ずかしいにもほどがある。まさに本末転倒だ。
こうした意味不明の萎縮があるからこそ、児ポ法反対派は「単純所持うんぬん以前にゾーニングがあやふや過ぎる」「各業界がいらぬ萎縮をして文化が滅びる」などと反対していたのだ。様々な専門家が散々主張していた、そして「ロリコン擁護だ」と無視され続けた「現状の児ポ法の考え方では守るべき子供が守れない」という指摘は、まさにこういう可能性を指していたのである。
この『ヴィオレッタ』を巡る騒動によって、我が国では児童ポルノ法と、それに怯え勝手に萎縮する業界によって「児童ポルノ被害者が自身の実体験を元に問題提起することもままならない」ということが示されてしまった。
結局のところ、児童ポルノ法は今のままでも法改正が成されたとしても、臭い物に蓋をして見て見ぬふりをする以上の働きが期待できないのかもしれない。 いったい誰が為の法律なのだろうか?
Written by 荒井禎雄
Photo by 「Violetta」公式サイトより
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