裁判を傍聴していると、「自暴自棄になってやった。」と犯行動機を語る者に出会うことが少なくありません。平井清(仮名、裁判当時52歳)もそのような動機で罪を犯した者の一人でした。
彼は中学卒業後、飲食店アルバイトなどの職を転々とし、事件当時は都内の蕎麦屋でアルバイトをしていました。蕎麦屋で働く前は生活保護を需給しながら更正保護施設で生活していました。彼は自分の働いていた蕎麦屋に閉店後に合カギを使って侵入し、現金358,000円を盗んだとして、建造物侵入と窃盗の罪に問われて裁判を受けていました。
店での人間関係は良好だったようです。合カギの管理を任され、金庫の暗証番号を教えてもらえるほどに信用を得ていました。ようやく施設を出て生活保護での生活から脱却し、アパートも借りて自立した矢先に彼は「自暴自棄になって」犯行に及んでしまいました。
「一人でいる時、将来のことなどを考えこんでしまっていつも不安を感じてました。このままでいいのか、この年齢になるまで何をやってきたんだろう、といつも考えてました。蕎麦屋で働いていたのはだいたい一年ぐらいです。一年働いても人生は何も変わりませんでした。それで、もういいかな、と思って自暴自棄になってしまいました」
これが彼の犯行動機でした。彼には頼れる親族も友人もいませんでした。
「父親はもう亡くなったって言うのは昔聞きました」
ということですが、母親がどうなっているのかはわかりません。弟もいますがどこで何をしているのかも連絡先もわかりませんでした。
一人でいる時間に将来のことを考え不安に襲われ、自分の今までの人生を振り返った彼は一つの結論に達しました。
「今まで生きてきて楽しいこと、幸せなことってあったかなって考えました。考えてみたら、何もありませんでした。それで、もう死んでもいいや、と思いました。どうせ死ぬなら好きなことしようと思いました」
思いつく限りの「好きなこと」
彼は犯行の数日前から店を無断欠勤をしていました。この数日間も、自分の過去と将来について考えていたのだと思います。
そして店からお金を盗みだしました。一年ほどとはいえ今までお世話になっていた店です。ためらう気持ちはあったそうです。しかしそのためらいは
「もうどうでもいい、と思いました」
と、打ち消しました。
それから彼は盗んだお金を持って思いつく限りの「好きなこと」をしていきました。
服を買い、豪華な食事をとり、好きだったパチスロに通いました。もうどうせ死ぬ、先のことはもう何も考えませんでした。
生まれてから52年、彼にとっては楽しいことも幸せなことも何もなかった人生でした。せめて人生の最後だけでも何かを手に入れたい、そう思って彼は散財をしました。しかしそこには彼が求めていた『何か』はありませんでした。
検察官が質問します。
――盗んだお金で遊んで楽しかったですか? 幸せになれましたか?
「いえ...なれませんでした。楽しくもなかったし、幸せでもなかったです」
――そもそも、あなたが求めていたものって何だったんですか?
「それはわかりません...。」
彼は平成27年にも詐欺未遂の罪で裁判を受けていました。その時の判決は懲役3年に5年の執行猶予が付されていました。今回の事件は執行猶予中の犯行です。裁判では懲役1年6ヶ月が求刑されました。前回の執行猶予が取り消されることを考えると、4年6ヶ月の服役生活になります。4年で仮出所したとしても、出てくる頃には彼は56歳になっています。
社会復帰後は生活保護で生活を建て直してから再び飲食業の仕事をしたい、と話していました。
「もう死んでもいいや」
と全てを諦めて自暴自棄になっていた彼は、今後の人生で求めていた『何か』を手に入れることができるのでしょうか。(取材・文◎鈴木孔明)
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