ネットカフェ難民になるかもしれない自分を想像できなくなったらこわい|成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第八回

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ドヤ街の中心で、泣き合った3人

「当時な、警察は、労働者の俺らみたいなのなんて助けてくれなかったんよ。だからな、不条理なことがたっくさんあってな、のぼるは死にたいと思うくらいに絶望しとったんよ。そういうときにね、高倉健さんの映画を観てね、よーし!って戦う勇気をもらったんよ。」

日本三大ドヤ街のひとつ、生活保護受給者の割合が群を抜いて多いと言われ、ときにはスラム街と呼ばれることもある大阪の「釜ヶ崎」。この町の立ち飲み屋さんで、のぼるさんはそう言いながら泣き出してしまいました。わたしとのぼるさんは釜が崎で出会った友人。のぼるさんは釜ヶ崎の元日雇い労働者で、酔うと自分のことを名前で呼ぶチャーミングなおっちゃんです。(わたしがこの町に通うことになった理由についてはいずれ書かせていただこうと思います)

目の前で泣き出したのぼるさんを見ていたら、なんだかわたしまで感情が高ぶってしまいます。だんだん感情がうつってきてつられ泣きをし、二人でえーんえーんと声をあげて泣きました。店内はワイワイと賑わっています。
風に当たろうとふたりでお店を出て、「男は泣いちゃいかんって言われてたんや」「わたしは男じゃないから泣きます」「おっちゃんだってほんとうは泣きたいときがあるんや」とすったもんだしていたら、通りかかった知らないおっちゃんが「ねえちゃん、なに泣いとるんや…俺まで悲しくなってくるわ」と泣きだしました。
ちなみにわたしは、高倉健さんの映画を見たことがなく、名前しか知りません。

高倉健さんを偲び泣いているのぼるさん、高倉健さんを知らないけど泣いているわたし、何が起こっているかわからないけど泣いている知らないおっちゃん。思い出すと笑ってしまいそうなできごとですが、ドヤ街のみちばたでこの奇妙な組み合わせの3人はしばらく泣いていました。

名前も知らないそのおっちゃんは、「今日は支給日だから」とわたしたちに缶コーヒーを買ってくれました。「これが一番いっぱい入っているからな」とロング缶の缶コーヒーです。「ありがとう」と受け取りながら、この町以外の自販機であんまり見かけなくなったな、と思いました。量が多すぎる甘い缶コーヒーがなかなか飲み終わらないわたしを見ながら、おっちゃんが呟きます。「俺の娘はもう、ねえちゃんくらいかもしんねぇな。まあもうどこにいるかわかんねぇけどな」

それにしても、わたしたちはなぜあんなに泣いてしまったのでしょうか。悲しかったのか、奮い起つ気持ちだったのか、武者震いのようなものだったのかはわかりません。それまで笑顔しか知らなかったのぼるさんの背景にあるものが、少しだけ見えたからかもしれません。あの知らないおっちゃんは、もしかして泣きたい気持ちをいつも我慢していて、わたしたちの涙がトリガーになっただけかもしれません。

人はそれぞれの現在に続くまでの人生があり、人の数だけの理由があって今の姿にたどり着いています。

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フードコートが社会とつながるための最後の砦

のぼるさんと知り合ったころ、わたしは「社会不安障害」「適応障害」の診断を受け、天職だと思っていたウェブ会社の仕事をやめたばかりでした。

過去の連載で書いてきたような祖父からのDVや、学校での悪口、フェードアウトした父親、すり減らし続けた自己肯定感もいよいよ消えてなくなりそうなころ、唯一わたしを呼び捨てで呼んでいた友人が死を選びました。それでも毎日は続きます。こうして積み重ねていったできごとは、疲労骨折のようにじわじわとひび割れていき、ある日、突然わたしの電池は切れました。出社中、自分がどこにいるのかわからなくなったのです。そのまま病院に運ばれ、仕事に通うことは難しくなり、診断書と辞表を会社に提出しました。この先、やりたいことはない。人生が終わったような気がしました。

その後、失業保険をもらい、ただひたすらに毎日を消費しました。求人雑誌をもらいにいく、あるいはハローワークに行くことを理由になんとか外出をし、コーヒーを飲んで公園を転々とします。同じ公園にずっと座っていると、「あの子、毎日この公園にいるけどニートなんじゃない?」と、指をさされるような気がしたからです。現実には、わざわざそんなことを言う人なんていませんでした。公園には、わたしと同じように日がなぼんやりとベンチに座っているおじさんたちしかいません。ときどき鳩が集まっては、またどこかに飛んでいくだけでした。

何もしていないと1日はとても長く、1秒ごとに「お前は無価値だ」という烙印を押されているような気持ちになります。早くみんなが休む時間になってほしい、と思いながら夕方になるのを待ちます。みんなが仕事をしている時間は、何もしていない自分は存在をしていてはいけないような気がしたからです。そういえば、学校に行けなくなったころに思っていたことと同じだな、と少しだけ懐かしい気持ちになりました。

とは言っても、最初はまだ気持ちにも余裕があったので、ドトールやスタバなどコーヒーショップに寄ってから公園に行きました。しかし、数ヶ月たとうとも一向に好転しない精神状態。求人サイトを見ても、対人恐怖というハードルが邪魔をして何ひとつ自分にできそうな仕事が見つかりません。そもそも気力が追いついていきません。家にひとりでいると将来の不安で頭がおかしくなりそうだったので外には出ていましたが、人がいるお店にいることも精神的にできなかったので、こうしてコーヒーを片手に人がまばらな公園にいるのです。さらに自己否定感が強まります。

生きているだけで、少しずつ貯金の残高が減っていきます。
実家がなく、親戚づきあいもないわたしは、自分の貯金がつきるまえに次に仕事を見つけていなければ、自殺しなくても死んでしまうかもしれない、と気づき、じわじわ恐怖心が湧いてきました。コーヒーショップからは足が遠のき、マックの100円コーヒーになりました。季節が変わり、すっかり涼しくなったころ、居場所はスーパーのフードコートに変わり、100円コーヒーからスーパーの独自ブランドの54円のペットボトルに変わりました。

お金を使うことがこわい、貯金がつきたら即、死ぬしかない、でもどうしても働けない。こうして座っているだけで精一杯なのです。人と会話をすれば、何かがこぼれ落ちて体がバラバラに砕け散りそうな恐怖にかられます。それでも人がいる空間にいたかったのです。社会とつながりが消えてしまったら自分自身も消えてなくなる気がしました。高い精神科通院の領収書は持ち帰りたくなかったので、フードコードのゴミ箱に捨てます。

あのフードコートは、わたしが社会とつながるための最後の砦でした。

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顔が見えない「誰か」には冷たい

幸いにも、数年通い続けたクリニックを思い切って変えたことで自分に合う薬が見つかり、わたしは人並みに生活を送れるようになりました。

今までの文章を読んで、「無職のくせにコーヒー買うな」と思った方もいるでしょう。当時、わたしと同じ人が目の前にいたら、心の中でそう思っていたかもしれません。自分が限界ギリギリの気持ちでいるときに、同じように弱者の立場にいる人が自分よりも贅沢をしていると腹がたつ気持ちはわからなくはないです。ただ、「コーヒーを買うこと」が贅沢扱いになってしまったらこわいな、とも思うのです。コーヒーが買えなくなった頃の不安感、先の人生がなにも見えないことの不安感。必要最低限を削っていくことは自尊心も一緒に削っていきます。

少し前、有名なサッカー選手が「自殺を他人のせいにするな」と発言をしたことがニュースになりました。わたしたちはそれぞれ立場が違います、生まれた環境も性格も、それぞれ異なっています。全てをわかりあうことは不可能です。わからないことは悪ではありません。しかし、わからないものを否定をする前に一緒に考えてほしいのです。自殺を「他人のせいにするな」ではなくて、「なぜ自殺を選ばざるをえなかったのか」という視点で見ると、そこに人の形が見えてくるような気がしませんか。

さらに、社会現象となっているネットカフェ難民の存在に対して、「わからないようにちょっとずつ部屋を狭くしたら(=最終的に出ていくだろう)」と提案をしたワイドショーが問題になりました。これでは基準がずれてしまっています。目的は、「ネットカフェから追い出すこと」ではなく、「生活ができるようになること」のはずです。願わくばこの場合も、「ネットカフェを追い出す方法」ではなくて、「なぜネットカフェ難民にならざるをえなかったのか」と考え方を変えてみてほしいのです。そうしたら世界は少し違って見えませんか。

風邪をひいて病院に行っても、「自分は風邪なんてひかないぞ。なぜお前は風邪をひくんだ。寒さのせいにするな。それは自己責任だ」などとは言われません。「ちょっと薄着に見えるので外に出るときはあったかくしてくださいね、頭が痛くなったらこれを飲んでくださいね」と、対処方法を教えてくれます。友人だったら、「まったくもう、あったかくして寝てなさい」なんて言ってホットレモンやりんごを差し入れするかもしれません。

では、知らない人に対してはどうでしょうか。インフルエンザが大流行する時期になると、「予防接種をしないやつざまぁ」だとか「自分は一度もかかったことがない、注意が足りないんじゃないか?」といったコメントをときどき見かけます。人間は顔が見えない「誰か」に思いやりを向けることは難しいようです。

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「人生をやめざるをえなかった日」が来ないように

世界は地続きです。
完全な自己責任、完全な自分(だけ)の成功は、きっとありません。それぞれの生活や人生に、見えないところで関わり合い関係しあっているのです。10000歩譲って「自己責任」があるとしても、そう言ったからといって何も解決はしません。必要なのは誰かを責めることではなく、問題が起こっている現実を解決する方法なのだということを忘れないでいたいのです。

ウェブ業界で華々しく仕事をしていたわたしのことは、もう思い出せません。公園で1日が終わるのを待っていた不安な日々は思い出したくありません。人の立場はいつシャッフルして入れ替わってしまうかわかりません。できるだけ、今の自分と同じ気持ちを持っていられるようにいたいと思っています。そしてこんな長文の連載を読んでくださる方はきっと同じ気持ちだろうと思っています。(この気持ち、忘れないでいようね。)

支えにしていた高倉健さんの死を悼むのぼるさんの涙。
ロング缶の缶コーヒーを嬉しそうに渡してくれたおっちゃん。
フードコートのゴミ箱に捨てた精神科の領収書。
そして、あなたが何度となく苦し紛れについた「全然大丈夫だよ」というウソ。

ほんのすこしだけ「知らない誰か」のことも考えてみるのはどうでしょうか。
次に「知らない誰か」になる順番は、わたしたち自身かもしれないのです。

どうか、「そうせざるをえなかった」わたしたちの人生に、「人生をやめざるをえなかった日」だけは来ませんように。

文◎成宮アイコ

https://twitter.com/aico_narumiya
赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」(書肆侃侃房)刊行。