大手医療グループ「徳洲会」をめぐる騒動が続いている。猪瀬直樹・東京都知事への5000万円提供問題(猪瀬氏は個人的借り入れと言っているが)まで飛び出し、東京地検特捜部による捜査状況が連日報じられているのはご存知の通り。
この騒動の原因と背景についてはさまざまな雑誌に原稿を書き、テレビ番組などでもコメントしたので、ここでは繰り返さない。ただ、検察捜査が進むにつれて蔓延したムードには水をかけておきたい。捜査機関が動き出した途端、捜査を受けた側が悪のカタマリのように徹底バッシングされるのは日本社会のお決まりのような風景なのだが、日刊ナックルズの読者はそれに流されず、物事の本質をつかんでおいていただきたいと思うからである。
まず、徳洲会は「悪」か。その答えは単純ではない。途轍もなく「悪」の部分もあれば、限りなく「善」の部分もある。
いまや日本最大の民間医療組織となった徳洲会グループは、徳之島の貧農出身である徳田虎雄氏が裸一貫から一代で築き上げた。この徳田氏は極めてエネルギッシュかつモーレツなキャラクターで、常人には理解しがたい思考様式を持つ怪人物でもある。
本土から離れた離島で育った徳田氏は、幼い頃に実弟を亡くした。医師に診てもらえばなんということのない病が原因だったらしく、これを機に医師を目指した徳田氏は、「離島や僻地にも充実した医療を届けるのが人生の目標だ」と訴えて徳洲会を立ち上げ、猛烈なバイタリティと妙にキレる経営の才でグループを急成長させる。
スローガンは「生命だけは平等だ」。同時に、閉鎖的で独善的な日本の医療界を改革するなどと訴え、各地で進めた病院建設をめぐっては、強固な既得権益層と化した医師会と激しい衝突を繰り返した。
こうした徳田氏の訴えにウソはない。実際に徳田氏は、故郷・徳之島をはじめとする離島や僻地に大規模病院を次々打ち立て、現在もそれを維持している。私が幾度かインタビューした際も「離島や僻地の医療ができないなら徳洲会など潰しても構わない」と繰り返し公言し、離島医療への協力を拒んだ院長は一瞬でクビになったというエピソードも耳にした。いわば、限りなき「善」と評すべき部分が、徳田氏と徳洲会には間違いなくある。
だが、ここからが怪人物たるゆえんでもあるのだが、徳田氏は自らが信じる目的のためには手段を選ばない。側近の言葉を借りれば、「正しい目的のためには手段もすべて正しくなってしまうのが理事長(徳田)の真骨頂」ということらしいのだが、「離島や僻地に充実した医療を届ける」「日本の医療を改革する」という目的のためには、ありとあらゆる手段を構わず行使する。「殺人以外は何でもやるんだ」と言い放ったこともあったらしい。
徳田に言わせれば、政界に進出したのも「日本の医療を改革するため」であり、政治力を持たねば医療改革をできないと思い定めた以上、どんな手段を使っても当選しなければならない。カネが必要ならバラまくし、選挙には徳洲会の職員を総動員する。目的地へと急いでたどり着くためには、目の前の信号が赤色でも止まらない。
つまり徳田氏という怪人物の中には、「善」と「悪」が何の矛盾もなく同居している。だからといって違法行為が許されるわけもないのだが、こんな徳田氏に惹かれた人は数多い。石原慎太郎氏。城山三郎氏。野坂昭如氏。栗本慎一郎氏。高橋三千綱氏......。最近ではノーベル賞受賞者の山中伸弥氏までが徳田氏を絶賛し、自身が医師を目指したのも徳田氏に憧れたからだと語っている。徳田氏と直接交流した人々に取材のため会ってみると、そのハチャメチャぶりを「こまったオッサンだよ」といって苦笑いする人はいても、悪し様に批判する人は一人もいなかった。魅力的な人物だったのだろう。
そして、もう一つの視点も忘れてはならない。
どのような目的のためとはいえ、政治に不透明なカネを注ぎ込み、組織ぐるみの選挙を繰り広げていたことは、確かに違法行為として指弾されねばならないのだろう。だが、徳田氏が激しく対峙して闘ってきた日本医師会はどうか。
16万人以上の会員数を誇るガリバー組織・日本医師会は、政治団体である日本医師連盟を通じて自民党政権を長く支援し、毎年数億円もの巨額献金を続けてきた。自民党にとっては最大のパトロンの一つであり、選挙時には組織として支援に動き、医師会の組織議員まで送り込み、診療報酬の改定などでは陰に陽に影響力を行使してきた。
徳洲会は、その医師会と幾度も衝突してきた。徳洲会が素晴らしいなどとは言わないが、乱暴で下品な面のある悪だけが捜査を受けて徹底指弾され、一見上品だけどもっと巨大な悪がノウノウとしているのは、あまりに不公平な情景に見えてならない。
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Written by 青木理
Photo by トラオ 徳田虎雄 不随の病院王
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