安保関連法案に抗議するデモが30日の午後、国会周辺をはじめとする日本全国で行われた。国会周辺に集まった人の数は、主催者発表では約12万人、警察の発表でも約3万人というから、少なくともスタジアム級のライブと同じかその倍以上もの人々が集まったことになる。
午後2時すぎ、東京メトロの国会議事堂前駅の改札を出ると、地下は人でごった返していた。真正面の出口は、国会議事堂の最寄りである、1番または2番出口。その前には、若い警官が数人並び、通れないようにしていた。
「参加者の方は3番か4番の出口をご利用下さい。この出口から国会議事堂へは行けません」と説明を繰り返している。
警官たちの左隣には男女それぞれ十人以上の列。事前にトイレに済まそうとしている人たちが列をなしていた。並んでいるのは主に中高年。しかもまだ地上に出ていないのに人でごった返している。主役であるSEALDs所属の学生たちはまだいない。
列の流れにそって3番出口の階段を上りきる。この出口は1番か2番の出口とは道路の反対側だからやや遠い。地上に出ると、小雨が降っていて、プラカードを持った人たちがあちらこちらに目についたり、中継されているスピーチの声がきこえてきたりした。出口の前にある衆議院会館第二別館から国会前までは、グーグルマップによると400メートル、徒歩で5分の距離だ。
狭い歩道は人で埋めつくされ、なかなか進まない。道路の端の石垣には、団塊の世代かそれ以上という中高年の人たちが座っているが、主役であるSEALDsの学生たちはやはりいない。中高年以外に目にするのは、反原発をPRしながら移動する自転車隊や、教職員組合の幟を掲げた集団ぐらいだった。
「安倍はやめろー」「安倍はやめろー」
スピーカーの声にあわせて、中高年が連呼する。しかし、若さはもちろん、元気さはない。
小雨の中、写真を撮るために傘をささずに歩いていた。列は遅々として進まないし、前後の人と密着している。着ていたTシャツがたちまちじとっとして蒸し暑さで我慢ができなくなる。それでものろのろ歩いていると歩き始めて30分ほどで、ようやく国会前の交差点にやってきた。
「国会前は行けません。日比谷方面へ行かれる方はこちらへどうぞ」とか言って警官が説明し誘導している。それにあわせ主催者らしき初老男性が分散に理解を求めている。
その男性に対し、同じ年齢ぐらいの男性が「国会前に本当に行けないんですか」とくってかかっていた。
実際、分散させないとやばいぐらいに人が集まっていたようだ。主催者側も、たくさんの人が集まることを見越し、国会前のほか、議員会館別館前や国会図書館、霞ヶ関の官庁街、そして日比谷公園と会場を設定し、それぞれにスピーチが聞こえるよう、スピーカーを配置していたそうだ。
国会前まで行くのを警官に止められるかと思ったが、止められなかった。そこで筆者は道路を横断し、国会議事堂の見える正面の道路まで歩いた。すると、ここで筆者は唖然とする光景を目の当たりにした。平日なら片側5車線の国会前の通りが警察に封鎖され、歩行者天国になっていたのだ。
反原発デモで有名な「怒りのドラムデモ」、でかいトラメガで主張を続ける30歳ほどの女性、大学教職員組合というのぼりを掲げた集団がいたりする。
そして、なんとか国会前の道路近くまで来ると、SEALDsの中心メンバーである奥田愛基のスピーチが始まった。
「安倍首相は『どうでもいい』とかやじを飛ばして、この安保法制を結構軽く見ていると思うんですよね。法的安定性は関係ないとか、憲法だって無視していいと思っている。だが、憲法っていうのは、おれたち一人一人の権利なんで、それを無視するというのは、国民を無視するということなんですよ。この国に生きる一人一人の民を無視するってことなんですよ。
率直にいいます。どうでもいいとおっしゃるならば首相をやめてください。憲法を無視するならば、首相をやめてください。なぜか。国民が法律を犯したら逮捕されます。当たり前ですよね。権力者が憲法を無視したら、それはクーデターですよ。だから言うんですよ、やめていただくしかないと。これはかなり当たり前のことですよ。憲法は守ったほうがいいというのは、変なことですかね。おかしな主張ですかね。偏ってますかね。極端ですかね。利己的ですかね。そんなことないでしょ。どうでもいいなら首相をやめろ。コールします」
「どうでもいいなら総理をやめろ」
「憲法を守れ」
「勝手に決めるな」
「戦争反対」
「民主主義ってなんだ、これだ」
「安倍はや・め・ろ」
中国への脅威をあおり立て、審議を尽くさないまま、安保関連法案を押し通そうとしている。そんな安倍首相の態度に危機感を抱いたり、怒ったりした人がいかに多いのか。そのことを、国会正門前で目の当たりにし、実感しそして共感した。
しかし、だからといって、一緒になってシュプレヒコールをあげたりはしなかった。
安保法案が通ったら戦争が始まるというのはほんとうだろうか。それを食い止めるために、安倍政権を退陣させるのが果たして最善の策なのか――。
安倍首相が退陣したからといって物事が劇的に良くなるとは思えない。憲法を守れても、憲法よりも日米安保のほうが立場が上という状況はそのままだ。それに安倍首相がやめたとしても、首相を支える官僚システムもまたそのままだからだ。
考えてみてほしい。安倍の祖父である岸信介が新安保条約の強行採決とともに、退陣した1960年のデモの後どうなったか、を。池田勇人が首相になると途端に運動が一気に退潮したではないか。
そうしたことがわかっているはずなのに、坂本龍一は「フランス人にとっての『フランス革命』に近いものが、今ここで起こっているのではないかと思っている」とデモの開催を褒めちぎる。ほかにも、山口二郎法政大教授は「暴力をするわけにはいかないが、安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる! 民主主義の仕組みを使って叩き斬ろう」という。ただ乱暴なだけの空疎な発言をして、一人で勝手にはしゃいでいる。こうした大人達の発言にはとことん辟易した。
救いがあるのは、坂本龍一や山口二郎のような大人よりも、危機感から行動を始めたSEALDsの若者たちのほうが、坂本らよりも発言がまともに思えたということだ。彼らは彼らなりに地に足をつけて、未熟ながらも、切実な主張を繰り返していた。
午後5時前に現場を離れ、駅へ向かうと、青黄赤の三色旗を持つ集団が何かを訴えているのが聞こえてきた。
「戦争法案に反対するよう山口那津男党首に署名を送ろうと思っています」
そういって熱心に署名を呼びかけているのは創価学会の人たちだった。
彼らの様子を見て少し考え直した。劇的に変わらなくてもちょっとぐらいは変わるのかも、と。
Written&Photo by 西牟田靖