プロレス業界で歴史的な大事件が起きた。同国内において、ひとりの選手が商圏が被る2つの団体に同時に所属するという、世界でも例を見ない契約が実現したのである。
さっそく、これがいかにトンデモない出来事なのかについて語り始めたいところなのだが、日刊ナックルズではプロレスが取り上げられる機会が少ないので、事情に詳しくない方のために、まずは簡単に日本のプロレス業界の現状から説明させていただこう。
プロレスというと、おそらく大多数の方は 「昔は流行ってたよね~」 と、今はもう廃れたジャンルとして認識しているのではなかろうか? 事実、力道山~馬場~猪木......と続いた日本のプロレス業界は、総合格闘技ブームによって一度滅んだと考えてもいいだろう。
ところが、滅亡の淵にあったはずの日本のプロレスはしぶとく生きながらえ、それまでの業界の格・序列とはまったく関係ないところから反撃の狼煙が上がった。
例えば、若いイケメンレスラーが華やかに飛び回るスタイルで女性客をガッチリ掴んだドラゴンゲート。蛍光灯で殴り合ったり、画鋲をばら撒いた上で試合をしたりと、リング上の+αを見ただけで背筋が凍るデスマッチ路線を突き進む大日本プロレス。そして忘れてはならないのが、プロレスというジャンル自体をどこまでも拡大解釈し、「これもプロレス、あれもプロレス」と客が喜べばなんでもアリの思想で、無名などインディから国技館や武道館をフルハウスにするまでにのし上がったDDT。
古臭い(一度滅んだ)プロレス業界には、「力道山・馬場・猪木とどこで繋がるか?」という価値観があり、それによって団体や選手の格が決定付けられもしたのだが、いま挙げた団体はその系譜の中にいない。競馬に例えるならば、以前は「ノーザンダンサー系にあらずばサラブレッドにあらず」という価値観がまかり通っており、これが力道山から続く良血にあたる。いわば「力道山系」だ。競馬の世界では、ノーザンダンサー系の神通力が衰えた時期に、それに取って代わるサンデーサイレンス系という新たな系統が現れたが、プロレスの世界には「力道山系」に代わる系統はついに現れなかった。
ではどうなったかと言うと、これまで業界人にサラブレッドと看做して貰えなかった無名な血統の馬達が、気付けばピカピカの良血馬達を凌駕する活躍を見せ始めたのである。全国的にも名のあるメジャー団体が軒並み沈没していく中で、有名選手がひとりもいないようなインディ団体がプロレスの新たな楽しみ方を啓蒙し、かつ「客が払ってくれた金額の分だけ満足させる」という箱物商売の基本に立ち返り、観客動員数をジワジワと増やして行ったのだ。
こうした「インディ団体が日本のプロレス文化を守る」という逆転現象の中で、一昔前は超良血だったものの、経営難に苦しんでいた新日本プロレスの親会社が、ユークスからブシロードに変わった。すると大胆な路線変更が行われ、新日本プロレスは今の時代に合ったエンターテイメント団体として息を吹き返し、唯一地上波放映を持つ強みを活かして業界の盟主の座を取り戻したのである。
一方で、古い日本のプロレスの価値観をズタズタにし、大ブームを巻き起こした総合格闘技業界は、様々なトラブル・アクシデントが尾を引いて勢いをなくしてしまった。箱物商売としてプロレスの手法を手本に成り上がった総合格闘技業界だが、今では苦戦を強いられている。
これが古いプロレスの滅亡から、今に至るまでのザックリした流れである。
さて本題に入るが、10月7日に新日本プロレスとDDTから、驚くべき発表があった。
「飯伏幸太選手が、DDTプロレスリング及び新日本プロレスの、2団体の所属レスラーになりました」
※記者会見動画(ニコニコのDDT公式チャンネル http://www.nicovideo.jp/watch/1381141855)
詳しい経緯は上の動画をご覧いただきたいが、要点をまとめると下記のようになる。
・新日本プロレスが飯伏選手の移籍を持ちかけた。(第三者がいる場での軽口のような誘いは以前からあったらしい)
→ 飯伏選手にその気がなく、一度は断った。
→ 新日本プロレスが諦め切れず、2団体同時所属という形でもいいからと再考を求めた。
→ 結果、2団体所属という世界でも例のない契約が実現した。
※ DDTとは3年契約、新日本とは単年契約を結び、原則としてDDTの興業には全試合出場、新日本はビッグマッチを中心に参戦という形になる模様。
プロレスに興味がない方はピンと来ないと思うが、飯伏幸太というのは非常に面白い選手である。動きが良いとか強いといった点だけではなく、頭のネジのハズレ具合であるとか、業界の慣習や常識が一切通用しないとか、全く陰のない陽100%の男であるとか、あらゆる面でこれまでのプロレス業界にいなかったタイプのカリスマなのだ。なんせ業界最大手団体のヘッドハントを「DDTが好きなんだもん」と、あっさり断るような男である。素直に移籍していれば年収が一桁増えるかもしれないのに、そういう価値観では生きていないようなのだ。
性別も年齢も違うし、そもそも飯伏の方がキャリアは長いが、「某ももクロの赤い子がプロレスをやったらどうなるか?」を想像すると、飯伏のポジションが伝わるかもしれない。早い話が、彼はおそろしい身体能力を持つ「愛すべきアホの子」なのである。
言ってみれば今回の事件は、某ももクロの赤い子がスターダスト以外の事務所にも所属し、「別のアイドルグループとしても活動します」と宣言したも同然のあり得ない話だと考えていただきたい。
では、業界最大手の団体が頭を下げてまで欲しがった飯伏選手がどのような人物か、実際の映像でご確認ください。
●飯伏幸太、狂気の公開練習(http://www.nicovideo.jp/watch/1344948771)
基本的に、飯伏選手は 「プロレスごっこ」 と 「プロがやるべき試合」 との区別が付いていない。それがよく解る動画である。
●人間vs地獄の墓掘り人形の死闘!2009年裏ベストバウト(http://www.nicovideo.jp/watch/1332780078)
伊集院光をはじめとするサブカル人達が絶賛し、専門記者の鈴木健.txtをして「この試合をどのように活かせるかにプロレスの未来がかかっている」とまで言わしめた伝説の試合。
一見ふざけているように感じるかもしれないが、団体の最高峰のベルトを掛けたタイトルマッチでコレをやってしまうのが飯伏であり、それを許すのがDDTという団体である。DDTが15年という歳月をかけて行ってきた「プロレスの拡大解釈」の総決算と呼んでいいかもしれない。
これまで様々な業界人が「プロレス=八百長」という声に抗えずにおり、それが業界の衰退を招いたのだが、DDTは妙なロジック(詭弁)を振りかざす事なく「1試合でプロレスの何たるかを伝える」ことに成功したのだ。まさかこの試合を見て「プロレスなんて○○だ」なんて無粋な言葉を吐く人間はいないだろう。
●徹底してダメな大人たちがキャンプ場で命がけの大花火大会をやってみた 前編(http://www.nicovideo.jp/watch/1348597827)
「プロレスとはリングの上でやるもの」という大前提すら覆した試合。飯伏が大好きな、DDT名物の「路上プロレス」というジャンルである。DDTは許可さえ出ればどこでも試合をする事に定評がある団体だが、過去に行った会場(?)を挙げると「キャンプ場・時代村・廃墟・本屋・駅ビル・TUTAYA・商店街・団地・マンション......」といったラインナップになる。(それぞれDVDが出ています)
上のキャンプ場プロレスでは、飯伏が花火を手に持ち、ちょっとしたFPSゲームのような有り様になってしまっている。この「やっていい事と悪い事の区別が上手に付けられない」 点が、飯伏特有の狂気であり、スタッフが胃の痛い思いをする痛し痒しな特徴である。
普通の激しい試合をすれば、飯伏がいかに優れた身体能力の持ち主か誰でも解るのだが、当の本人はそれだけでは満足できず、上に挙げたような妙な方向に一線越えた試合をやりたがる。この無茶苦茶さこそが、DDTと飯伏が他団体の苦戦を尻目に着実に観客動員数を増やし続けた要因だろう。
今回の世界でも例をみない2団体所属という契約は、「DDTの宝物・飯伏」を「プロレス業界の宝物・飯伏」としてシェアしよう、それを以ってプロレス再興の起爆剤にしよう、という試みだと思われる。プロレスに限らず他ジャンルでも、客を呼べるカリスマが出現した際に、足の引っ張り合いや泥沼の引き抜き劇に発展し、ジャンルそのものが衰退するという大失敗はよくあった。だが、このように「皆で才能をシェアして業界全体を押し上げよう」という発想に繋がるケースは殆どなかったはずだ。
興味のない方からすると、単に人気レスラーが現れたというだけの話かもしれないが、これはエンターテイメント業界全体を見ても中々例を見ないレアケースである。それだけDDTと新日本プロレスが本気でプロレス復活を目指して世間に打って出たという証明なのだ。
総格ブームの裏で「なんであんなものを(笑)」と後ろ指を刺され続けたプロレスファンではあるが、声を大にして「私はプロレスが大好きです」と言える時代がすぐそこまで来ているのかもしれない。
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Written by 荒井禎雄
NDO(日本のダメなオトナたち)http://ch.nicovideo.jp/ndo
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Photo by DDTプロレス BEST OF THE SUPER 路上プロレス~路上王 飯伏幸太編~/DDTプロレスリング
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