倉持善雄(仮名、裁判当時70歳)は中学卒業後、運送会社勤務を経て約15年前からホームレスとして生活していました。
雨が降っている時は高速道路や橋の下で、晴れている時は公園などで寝泊まりをしていました。収入はゴミ集積所から家電を持ち去って売ることで得ていました。小さい物はそのままで、大きな物は分解して中の部品を売っていたようです。
ゴミ集積所からゴミを持ち去るという行為は窃盗罪や占有離脱物横領の罪に問われる可能性もありますが、今回の裁判で彼が問われたのはそれらの罪ではありませんでした。
深夜、いつものように倉持はゴミ集積所で家電を物色していました。その途中、パトロール中だった警察官から職務質問を受けました。日頃から深夜に『仕事』をしていた彼が職務質問を受けることはよくあることで、自分の荷物を警察官に見せてトラブルになったことは過去に一度もありませんでした。
しかしこの時はいつもと少し違っていました。彼の供述によると、二人組だった警察官が、
「ゴミを漁っている自分をバカにしたような態度を取ってきた」
のです。頭にきた彼は、集積所の外に停めた自転車に積んであるカバンの中身を見せるように言ってきた警察官の要請を拒みました。見せろ、見せたくない、そう言ってしばらく揉めていると、
「気づいたら周りにお巡りがいっぱい集まっていた」
そうです。彼は少し離れた場所に連れていかれました。荷物の中身を見せることに同意はしていませんでしたが、
「多分この時にカバンの中身を見られたんだと思う」
と話していました。カバンに入っていたのは軍手、ライト、ドライバーなどでナイフや凶器になるようなものは入っていませんでした。
しかし彼は現行犯逮捕されることになりました。何故自分が捕まるのかわからない彼は手錠をかけられる際に、
「盗品なんてない!」
「ナイフもない!」
「ドライバーしか入ってないよ!」
と抵抗していました。彼はマイナスドライバーを所持していることが『特殊解錠用具の所持の禁止等に関する法律』に触れる行為だということを知らなかったのです。
警察官の気分一つで逮捕される
「マイナスドライバーの所持で逮捕、そもそもこの法律がおかしいです。憲法違反だと考えます。少なくとも、本件の被告人に適応するべきではないと考えます」
倉持についた弁護人はこう主張して無罪を主張しました。過去に何度も職務質問をされてきて、その度にマイナスドライバーを見られても何もなかったのに今回だけは逮捕、ということもどこか違和感を覚えます。本人にも当然何の犯意もありませんでした。
被告人質問の場で、検察官や裁判官とのやり取りを聞いても一体彼のどこに非があるのかあまりわかりませんでした。
――大きなドライバーを持つことは犯罪なんですけど、どう思いますか?
「それは知らなかったですけど、持ってたのは事実なので...」
――あなたは当時、その時ゴミ集積所に盗品が置かれてる可能性もあることは知っていましたよね?
「それはまあ...あるかもしれないけど、捨てられてたから拾っただけです」
――誰が捨てたかわからない集積所のゴミを拾うという行為は問題ですよね。中に盗品があるかどうか、気にしたことってあります?
「そんなのいちいち気にしてないですよ。もしあってもそんなのわかんない」
――集積所以外からもゴミを拾ってたんじゃないの?
「家電なんて集積所にしか落ちてません」
――路上でも拾ってたでしょ?
「ないです」
警察官や検察官の方々が日夜懸命に仕事をなさっていることは知っています。しかしこの件に関しては『反抗的な態度を取ったから』という理由で社会的弱者をいじめてるようにしか見えませんでした。
彼は今後は役所に行って生活保護で暮らしていくつもりだそうです。
「もうゴミ拾いなんてやらない。やりたくない」
と話していました。
結果的に良い方向に進んだ気もしますが、それでもどこか釈然としないものが残る裁判でした。(取材・文◎鈴木孔明)
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