思えば、カツ丼を信じられなかった人生でした。
私はカツ丼なんてものは、先人が発明した究極の豚肉料理である『トンカツ』を台無しにしてしまう愚行であると思い込んでおり、揚げたうえに煮るなんてどうかしている、とんだ二度手間料理だ! と信じて疑いませんでした。
トンカツの命であるサクサクの衣にあろうことかダシを吸わせ、さらに卵でとじることでボリュームのみを見出そうという浅ましさ。万死に値する大罪!
......ではあるものの、嫌いかといえばそうでもなく(何なんだ)、ただその成り立ち、バックグラウンドを考えるとカツ丼を食べる際には心では納得のいっていないメニューを選んで食べてしまう自分を誇れない気持ちになっていました。
しかしそんな自分の考えを180度転換させるカツ丼に、意外な場所で出会ってしまいました。
それはーーーーーーー
深夜のなか卯。
そう、糸こんにゃくの入った和風牛丼と突飛な海鮮丼シリーズでおなじみの、あの『なか卯』です。
そして、それは、いくつかの偶然と必然により私に見出されるに至りました。
・並盛り590円という価格。
・こだわり卵を使用していること。
・そして何より24時間チェーンであるということ。
これら全てが、このチェーン店のカツ丼こそが至高のカツ丼となるための要素でありました。
まずは価格。
前述の通り、カツ丼をオーダーすることにあまり積極的でない自分がちょっかい感覚でオーダーできるギリの価格帯であったことが幸いしています。590円。良い。これがもし600円だったら...?
そしてなか卯自慢のこだわり卵。なか卯といえば看板メニューはそう、親子丼。親子丼のキモは黄身と白身の絶妙に混じり合った半熟状態の卵であり、これによりほかの卵とじメニューに対しても『半熟状態で提供することの重要性』をバイトスタッフ全員が共有できているのです。
最後は24時間営業のチェーン店であるというところ。ロフト社員が帰路につく平日02:00〜04:00は閑散時間帯であり、カツの揚げ置きをしないため注文が入ってからカツを揚げはじめます。
もうおわかりでしょうか。
つまり、タイミングさえ合えば高確率で『揚げたてのカツと半熟状態のこだわり卵のカツ丼』が590円で食べられるわけです!
この金色に輝くカツ丼は、私のカツ丼史観を改めさせるのに充分なシロモノでした。
懐疑的であった『揚げて、煮る』というオーバーキル行為は、一つの丼の中に『しぶとく生き残ったコロモの食感というハードさ』と『半熟卵とダシに屈したコロモのトロトロしたソフトな甘み』をごはんの上で一瞬だけの混在、共存をさせるための理にかなった手順であり、たとえファイナルカット権を保持するプロデューサーであっても決してカットが許されない重要な工程であったわけです。
揚げたての半熟こだわり卵カツ丼(=至高カツ丼)には味噌汁も漬物もいりません。ましてや『カツ丼セット』などといったおためごかしで雑味を加えることなく、ここはカツ丼一杯のみに集中することで『カツ丼の中のドラマ』と正面から向き合うきっかけになりました。
高級な豚肉を使っているわけでも、貴重なパン粉をはたいているわけでも、ましてや最高級米を使用しているわけでもないチェーン店のこのカツ丼。
一杯の奇跡は、材料よしむしろプロセスとタイミングこそが大事なのかもしれないと思わせてくれました。
文◎齋藤 航(LOFT9 Shibuya)