都会にそびえる異形の建築|連載・Mr.tsubaking 『どうした!? ウォーカー』第五回

2018年02月09日 

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東京のど真ん中、三田駅の近くを歩いていると壊れかけのビルがあります。いえ、実は壊れかけじゃなくて作りかけなんです。

その名も「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」。

注目すべきはその見た目ばかりではありません。一級建築士の岡啓輔さんが、「ひとりで」「手作り」をしているビルなのです。そんな岡さんという人物に迫りたく、インタビューをしてきました。


非合理的に見えて合理的


(ツ=ツバキング、岡=岡啓輔さん)
ツ:ビルの最終形はどう想定されてますか?
岡:今より、もう3mくらい大きくなりますね。200年持つように作ってます。
ツ:異様なフォルムの建物ですが、わざと「合理性」からは外れようとしてますか?
岡:そんなことないんです。僕、合理性しかないと言っていいくらい合理的な人ですよ。嘘だって言われるけど(笑)
ツ:確かにこのビルには、合理性とはまったく別な理屈が働いていることがわかります。
岡:そうですね。「非合理的だ」って言われるけど、僕はこれまでいくつかの建築現場で働いてきて、その非合理さにムカついてました。例えば、現場の柱なんかに図った線をひくんですけど、それを一生懸命消す時間ってのがある。こんなに非合理的なことってないですよね。しかも、ものすごい金額をかけてビルを作ってるのに、今の建築は耐性年数が大体35年なんですよ。あんだけ金かけて作った建築を35年で潰してるってバカなのかと(笑)
ツ:「合理性のターム」が違うんですね。岡さんは手作りで経費を最小限に抑えて200年もつものを作ってるわけですからね。
岡:そういうことです。産業革命がおきて建物がたくさん必要になった。それで四角い箱をたくさん作るようになりますよ。そこから「合理主義」と言われる建築が出てくる。
その合理主義は、需要が一時的に高まったことに対してピンポイントに当たってるだけで、今、人口が減ってきてる日本でやってもねぇ。中国なんて40億人分くらいのマンションができてしまってるんですよね。
ツ:もうちょっと頑張れば人類全員が中国のマンションに住める(笑)。その作り方は「時代としてローカル(限定的)」な合理性だったということですね。
岡:そんなの全然合理主義じゃないです。無駄でしかない。サラリーマンのおっさんがこのビルを覗いてるから、何かと思ったら、
「君は費用対効果を理解してるかい」
って言われたりしますけど。
ツ:200年のタームで見たら、明らかにこちらの方が費用対効果は高いのに。
岡:空っぽな建築ばっかりつくってても、いずれ全てがAIやロボットの仕事になりますよ。「人間だからできるもの」を作っていかないと。

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ダメなことも抱きとめる建築


ツ:モチーフはあるんですか? 
岡:頭の中にモヤっとというかモソっとあるにはあるんですよね。恥ずかしいから言わないけど(笑)ただ、わざと「答え」ができないようにはしてます。
ツ:それこそ合理主義だったら消去してしまうような、小さなミスみたいなものもこのビルは残したままにして抱きとめてますよね。
岡:それは重要なことかなと思ってます。コンクリートが垂れて固まってるのも、今のデザイナーはコントロールしようとするけど僕はしません。コンクリートなりの理屈があってこうなってるんだろうし。
ツ:僕は「絶滅しない方法」ってその「バグを残す」ってやり方だと思います。イワシって大群でいっせいに方向転換するでしょ。でもあれ、群れの中の数匹は方向転換しないんですよ。群れの行動としては規律違反なんだけど、もし方向転換したさきに大きな魚が口を開けていたら、一網打尽にされて絶滅してしまう。でも数匹が方向転換しないというバグを残すことによって、万が一でも絶滅しないようにできてるんです。
岡:ダメなものまで含めて「この人、こういうところはいいけどここは全然ダメだな」とか思ってくれたらいいですね。
ツ:そうですね。でも今はダメなものを徹底的に見せない時代になってますよね。インスタで幸せそうな写真ばっかり上げたり。そういうのは窮屈に感じますよね。
岡:確かに本当に立派な人もいるにはいるじゃないですか。そういう人はそれでいいんですけど、だいたいの人がそうじゃないのに。
僕だって「酔っ払って寝てて作業さぼっちゃいました」って書いたりするくらいがちょうどいい。
ツ:立川談志が「落語は人間の業の肯定」って言葉を残しましたけど、岡さん自身もこのビルもまさにそれを地でいってますね。いいところもダメなところも含めて一緒に生きていく。
岡:全然大したことじゃないんですけど、斜めに走ってる柱にギリギリぶつかるかぶつからないかの棚を出してみようって作る。それがかっこいいかどうかはわかりません。
でも、そうしようと思ったからやってみる。それで「おーギリギリだ」って思ったり(笑)。できてみて半分以上はつまんないと思ってますよ。ダメだなと。でも、まぁまぁいいかって感じ。
ツ:それこそ自分の子供のような存在なのかもしれないですね、ダメなところがあってもそれをまるごと抱きとめたりしながら育てていく。
岡:そうかもしれないですね。あんまり出来不出来は関係ないです。作ったら作ったなり(笑)。それでも、その人なりの人生のプライオリティは間違っちゃいけないとおもいますね。


ひとりでつくる


ツ:アニメのキャラを描くのは簡単ですが、物語のなかで動かそうと思うと背景など「周辺のもの」に費やす膨大な時間が生まれてきますよね。ビルを一人で手作りするって、それに似てると思うんです。許可を取りに行ったり掘り返した土を捨てに行ったり、主役キャラであるビルの建設ではなく「周辺のこと」に費やす時間が膨大ですよね。
岡:そうですね。一人でやると、思いもよらないことを自分でやらなきゃいけなかったりすることはとても多いです。
ツ:業者がやると役割分担や外注で済ますと思うんですが、そうした「周辺のこと」も一人でやるのには、どんな思いがあるんですか?
岡:やっぱりその「周辺のこと」をやることで理解することも多いです。たとえばこれ(ゴミのように見える小さな木片)だって、普通は捨てますよ。ただこういうのももうちょっと綺麗にして使おうかって気になったり。
ツ:ひとりでやると、そこにあるものの来歴とここにきてからの働きが見えるようになりますもんね。そうなると捨てなくなる。物への「想い」ですかね。
岡:だからここは、ものすごくゴミが少ないですよ。建築に使えないような木片も薪ストーブの薪に使ったり。
ツ:そうなんですね。現代人は僕も含めて来歴のわからないものに囲まれて暮らしてる。だから捨てることに極めて抵抗が少ない。もっといえば抵抗が少ないという自覚さえ薄い。「周辺のこと」をしない分だけ便利にはなるんだけど、自分を囲んでいるものについてほとんどきちんと知らないままなんです。
岡:うん。だから農業をやるのなんかは重要なんですよ。

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おわりに


言葉になっていない感覚や思いを捏ねて出来上がりつつある蟻鱒鳶ル。言葉には裁断の作用がありますので、言葉にすることでこぼれ落ちてしまうことがたくさんあります。それでも、岡さんと蟻鱒鳶ルを知ってもらえる機会になれば幸いです。

作業後のお疲れの中でインタビューに応じてくださった岡さん、ありがとうございました。


取材・文◎Mr.tsubaking

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