8月24日。
もはや伝説となったK-1のスーパースター、アンディ・フグの命日でした。彼ほど日本人に愛された外国人ファイターはいないんじゃないでしょうか。
そんなアンディのK-1人生は波乱のスタートでした。極真空手世界大会準優勝の実績を引っさげてK-1に転向。初代K-1王者のブランコ・シカティックに大番狂わせの勝利。
その後、優勝の期待がかかったK-1ワールドグランプリ一回戦は喧嘩屋パトリックスミスの前にまさかの19秒KO負け。
パトリックスミスには後にリベンジを果たします(余談ですがこの時の大会名がK-1リベンジ。この試合からリベンジという言葉が一般的にも使われるようになりました)。
今年こそは! と期待された翌年のK-1ワールドグランプリ。対戦相手は当時無名のマイク・ベルナルド。
当然アンディが勝つだろうと思われていましたがまたもやKO負け。ベルナルドにはリベンジも失敗します。
「やっぱり顔面パンチが無いルールに慣れた空手家にはK-1は向いてない」
そう周囲が思ってもアンディは自分の可能性を信じて疑いませんでした。そして迎えた翌年のK-1ワールドグランプリ。一回戦、二回戦とKOで勝ちあがり準決勝は判定ながらホーストを破り決勝まで駒を進めます。
対戦相手は宿敵マイク・ベルナルド。なんという劇的な展開......まさに事実は小説よりも奇なりです。
ベルナルドの豪腕パンチに耐えてコツコツとローキックでダメージを与えていくアンディ。 そして迎えた3R。 ローキックのダメージで脚を引きずるようになっていたベルナルドにフグトルネードと言われる脚への後ろ回し蹴りが炸裂。ベルナルドダウン!
起き上がれずアンディ悲願の初優勝! 会場爆発! ハリウッド映画のようにドラマチックな展開ですね。
最後のフグトルネードはまぐれ当たりという声も聞きますが、断じて違います。アンディは練習でもよく使っていました。私もスパーリングで倒されたことがあります......。
アンディは代名詞のかかと落としやフグトルネードなど他の選手が使わないような大技を好んで使っていました。 かかと落としなどは技の難易度、相手へのダメージ、技を放った後の危険性などを考えるとリスクの方が高いと思われます。
しかし、アンディが使い続けたのはお客さんに楽しんでもらいたいというこだわりがあったからです。 「お客さんが高いチケット代を払って、貴重な時間を使ってまで試合を見に来てくれているのは非日常を見たいからだ。ありきたりの技ならアマチュアの試合でも見れる。お客さんはリスクを取って難しい技に挑戦する姿を見たいんだ」
彼はそう言っていたそうです。
優勝した後も守りに入ることなく、アンディは難しい技を繰り出し続け、アーツやフィリォなどに時には壮絶なKO負けをしてしまうこともありました。しかし、敢えてリスクを犯してチャレンジし続けたからこそ外国人でありながら国民的ヒーローになりえたんじゃないでしょうか?
また、2メートル級の巨大な選手が揃ったK-1の中ではアンディは180センチと小柄な身体。 小柄な身体で巨大な選手に立ち向かう姿は判官贔屓な日本人の琴線に触れるところですね。
小さい選手が普通の選手はやらないような大技に果敢にチャレンジして大男を打ち破っていく。しかもリングを降りたら甘いマスクのジェントルマン。これは人気が出ない訳ありませんね。
不景気な世の中ですが今こそファンに勇気を与えてくれる第二、第三のアンディ・フグが現れることを期待したいです。
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Written by 大野崇(プロキックボクサー、元K-1 JAPAN選手、トレーナー)
Photo by アンディ・フグの生涯/廣済堂出版