選手たちがまさかこんな見えない敵と闘っていたなんて...
1月21日、矢沢永吉さんの公式サイトが迷惑な私設応援団を出禁処置にしたと発表したことで、世間から賞賛の声が上がっていますが、春季キャンプ直前の野球界でもこんなことがありました。
1月7日、ソフトバンクホークスの武田翔太選手が、自身のインスタグラムのストーリーに自主トレ中と思わしき写真とともに、こんなコメントを投稿したのです。
<今日は帰りの時、一部のサイン貰いに来てた人のマナーが悪かった><他の人に迷惑かかるから考えてもらいたい、少なくとも俺らはそう感じた><今後同じ状況が続くのであれば少し考えます>
同日、チームメイトの大竹耕太郎選手も、同様にインスタのストーリー機能を使い、右手に黒いペンのインクがついた写真と、以下のようなコメントを投稿。
<こんな感じで手についたり、服についたりするので、サインはペン先を向けないで頂けると助かります。人が多いときは特に>
さらにそれだけではありません。1月20日はオリックスバファローズの宮﨑祐樹選手が、自身のインスタに、破り捨てられた野球カードとともに、
<ファンあってのプロ野球。なのはわかってます。でもサインを書いて貰えなかったからと言って、カードを破り捨てましてや大学の敷地内に投げ捨て、次の練習に移る選手に対して「死ね」と罵声を浴びせる。これは間違ってると思う>
<自分も時間が無い時はサインや写真をお断りする事は有ります。でも僕なんかに頼んでくれた人には極力サインさせて貰うように心がけています。でもできないこともあるのをわかって欲しいです。もうこんな事しないで欲しい。みんなが来られなくなる>
と、切実な訴えを投稿しました。
筆者もかつて野球選手ファンとして、春季キャンプは当然のこと、日頃から二軍練習場に足繁く通っていました。そんな場所に集まるファンと、ペナントレースだけを観戦して満足するファンとの違いは、その熱量。
となると当然、上記選手たちが苦言を呈したくなるような行きすぎたファンがいるのも当然なのです。
選手はいつもこんな"奴ら"に見張られている
筆者が川崎市多摩区にある読売ジャイアンツ球場に通っていた当時のことを思い返すとーー。
まず、室内練習場沿いの駐車場に陣取るのは、野球BOYたち。立派な大人ですが、「コンプした野球カードに、サインを全制覇したい」という妥協なしの野望を胸に、分厚い野球カードファイルを持ち闘志みなぎる眼で出入り口から選手が出てくるのを睨みつけるそのピュアなスタンスは、まるでBOYのよう。
彼らは出てくる選手に無言かつ力強くカードを差し出しすと、選手はその迫力に気圧されるようにサインをしてくれます。
そしてグラウンドのフェンス越しに一定の距離を保って佇むのは、"彼女ヅラ"たち。彼女ではありません。"彼女ヅラ"です。推しの選手が活躍するとフェンス越しに、「ちょーし、いーじゃん」と、タッチの南ちゃん並の親密さを醸し出しますが、ただのファンです。
筆者も友人とともに「付き合う」ことを目標に、真剣に汗水流したものです。
階段トレーニング中を見計らい、偶然すれ違ったかのように装い(ジャイアンツ球場にしか続かない階段だから、偶然すれ違うような場所ではない)、「こんな場所で会えるなんて。よかった。今日、お手紙書いてきて......」と、ハァハァ息切れする選手の手にファンレターをねじ込む。
球場から駐車場までの道のりで、選手が歩く横に音もなくスッと並び、ポカリとお茶を差し出し「ねえ、どっちがいい?」と小首を傾げる。
事前に選手の車内をチェックしてミスチルの新譜があることを確認し、選手が歩く横を音もなくスッと並び、「ミスチルのアルバム買った? 今度さ、貸して?」と上目遣いで要求する。
春季キャンプ真っ只中のバレンタイン。選手が宿泊するホテルにゆき、フロントから選手を呼び出してもらい(今考えるとどうしてイケちゃったんだろうか)、「これ......」とゴディバのチョコレートを渡す。多くは語らない。
ほのぼのと野球を観に来た親切な家族連れに、「あの選手のファンなの? じゃあツーショット撮ってあげるよ」と言われ、「あー......ファンってか......そういうんじゃないんで(笑)。写真とか、いいんで(笑)」とあしらう。
ついに違う世界に行ってしまった友人は、「非通知で電話がかかってきた。彼に違いない。だってほら、オフの日のこの時間だもん。彼でしょ? 私に伝えたいことがあるんだ。離れていても、大丈夫だよって」と覇気のない表情で言い、雨の日も風の日も雪の日もジャイアンツ球場や選手寮前に立ち続け、「雪が、好き。あなたを想うあたしにつもる、しんしんとした、雪が、好き。」というポエムを書き出す......。
しかし筆者らはまだまだ序の口だったのです。
SNSでものを言って何か伝わるの?
K子さんという、"彼女ヅラ"の重鎮がいました。
いつもスーパー銭湯の館内着のようなムームーを着ていた、推定40代女性です。彼女は"みのる"という名の選手のファンで、いつも室内練習場が見下ろせる切り株に座り、物憂げにみのるを見つめていました。
ある日、K子さんが筆者に、携帯電話を渡しながら、言いました。
「みのると喧嘩しちゃってさ。これ、留守電が入ってたの」
携帯電話に耳をあてると、
「電話されても、困るんで」
という、冷たく無機質なみのるの声と、「ね? まったくもう」と柔和に微笑むK子さんとのコントラストが、筆者の肝を冷やしました。
その日、みのるが室内練習場から出てきたそのときです。突然K子さんが立ち上がると、すごい勢いでみのるにライターを投げつけたのです! そうして、泣きながら何かを叫びます! 明らかにブチギレたみのるが、鬼の形相でこちらに向かってきます! あ! 二軍広報のFさんが慌てて走ってみのるを止めにきた! みのるがあと一球抑えれば日本シリーズ進出というときの投球のように力を込め、叫ぶ!
「この! くそばばあが!」
......後日、K子さんは相変わらず、「昨日、みのると隣の台でパチ打ったんだあ」と柔和に微笑んでいたので、みのるは脱力するとともに、さぞかし恐怖に震えたことと思います。
直接、渾身の力を込めても伝わらないのですから、武田・大竹両選手は、短時間で消えてしまうストーリーにこっそりあげてもあまり効果がないのではないのかと、伏魔殿を知るファンは思ってしまうのです。
一方その頃、現役時代の清原和博はというとーー。
ある年の巨人の宮崎春季キャンプ。あの、圧倒的な威圧感。普通に歩いているだけで、まるでモーゼのごとく善良なファンたちがササーッ! と避けまくりりできた道。サインなんて、もってのほか。怖かった。あれは本当に、怖かった。
ということで武田・大竹両選手には、元ファンのひとりとして、威圧感を養うことをおすすめしたいです。(文◎春山有子 連載『一文字一円の女』)
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