裁判所で、傍聴席に座って見学した事がある人はいるでしょう。僕も一時、裁判傍聴にはまりました。ただ、「中の人」になった、つまり出廷の経験は中々ないでしょう。
山陽地方のとある公共工事で、当時の運輸次官と亀井静香議員(当時・現在は政界引退)が口利きしたという記事を載せました。
ただ記事掲載当時は、僕はその編集部には在籍していなくて、後に知ったのですが。しばらくして、亀井氏側が名誉毀損だという事で損害賠償を請求してきたわけです。
「証人として出廷してもらえませんか」
二回くらい公判をしたあたりでしょうか。顧問弁護士が僕を証人として出すという事を打診してきました。当時、僕は編集次長でした。役割はデスク兼クレーム係です。生贄みたいなものです。と言えども「絶対、編集長とオーナーは表舞台に出さず、僕で止める」という意識を持っていました。
前記したように、当該記事は僕が担当した記事ではないです。因みに今回も、また例の部下の担当記事でした。(この連載二回目に詳細があります http://tablo.jp/serialization/hisada/news002596.html )
二回目の記事を読んで頂ければお分かりのように、自分の担当記事でも出ない男ですから、上司の僕が出るしかないのです。
僕が入社する前の記事に対して、責任を取るのはなかなか難しいのですが(気持ちが入りにくいので)、部下の代わりに出廷するのも義務と割りきり、尋問に臨む事にしました。
2人の弁護士さんと一生懸命リハーサルをしました。反対尋問の際、必ず突っ込まれる事が、「真実性」です。もう少し詳しく言うと「真実に相当するであろう理由を述べよ」というものです。僕も名誉棄損裁判をかなりやってきましたので、大体流れは分かっているつもりです。ただ証人として出る事はなかったです。
「真実性の証明」。
これは中々難しいです。マスコミの裁判では必ず、この点がネックになります。「真実性」「公共性」「公益性」の三つがクリアするのが名誉棄損裁判の条件です。
亀井氏の記事の場合、「公共性」「公益性」はクリアしています。何と言っても大物国会議員(当時)です。税金をどのように使うか、これは僕らが監視しなければならないです。
問題は真実性。ネタ元、すなわち情報源は明かす訳にいきません。そのため、大体のメディアは和解と称して金を支払い、実質敗訴という結果が多いのです。
さらに、書き手の立場も守らなければならない訳です。僕は度胸がありません。ですから「いざ法廷へ」となるとかなり緊張しました。人生で何回もないでしょう、この緊張。
手段はありません。精神力の世界です。すなわち「腹をくくる」しかないのです。
こちらの弁護士はベテランと若手の二人体制です。ちなみこの二人の先生は僕は今でもリスペクトしています。特に若い先生は、腹の据わった人というか、奇妙な人でした。裁判が終わった後の話ですが、数週間後に僕に「依頼人と一緒にヤクザの事務所に行くんですがどのような場所ですか? 久田さん、そちらに詳しいでしょ。場合によっては殺されるかも知れないんでその覚悟で行きます」とまで言っていました。僕はちょっと感心しました。弁護士で、こんな覚悟を決めている人もいるんだなと。閑話休題。
二週間に渡って弁護士尋問と反対尋問のやり方をシミュレーションしました。これは慣れが必要です。何回も繰り返すしかありません。皆さんは証人や、まして被告席などには立つ事はないと思います。むしろ立ってはいけませんよ。
もし、立つ事があるのなら、こんなアドバイスをしておきます。細やかな体験からです。
まず大切なのは
・不必要なほどハッキリとゆっくり言葉を発する事。
・真っすぐ裁判長の眼を見る事。
・質問した弁護士の方はなるだけ見ないようにする。
要するに印象を良くするという事です。
「あなたそれでもジャーナリストですか‼」
そして本番当日。僕はベテランの方の弁護士と近くのホテルで食事をしました。とっても高価な洋食でしたが、ハッキリ言って食欲はなかったです。でも、食事をすると少し落ち着いてきました。やはり美味しいものを食べると落ち着くものです。
このベテランの弁護士は実は合気道の達人です。ですから、「久田さん、臍下丹田。腹くくって下さい」と言われました。
この「臍下丹田」は本当に良い言葉だと今でも思っています。窮地に陥った時、この言葉を思い出すと落ち着きます(どこかに彫りたいくらいです)。
傍聴席に誰もいない東京地裁の小法廷。弁護士と裁判官のやりとりの後、僕が呼ばれます。いよいよです。
まず、宣誓書を読み上げます。最初は、緊張しているからか、早口で声に出してしまったのですが、すぐ気がついて、人生これほどゆっくりはっきり喋った事がない程、スローリーに答えます。
初めはこちらの弁護士から基本的な質問です。練習通りに答えられました。三人の裁判官の顔を真正面から見つめ眼をそらさず背を伸ばして、姿勢正しく。
さて問題の亀井静香氏側の反対尋問になりました。
亀井氏側の弁護士はヤメ検でした。容姿は「踊る大捜査線」の署長や「アウトレイジ」の山王会の初代会長に似ていました。つまり北村総一郎さんです。思い出すとこんな感じのやり取りでした。
ヤメ検「私はねえ、先生とは長くてねえ。この記事に書いてあることは聞いた事もない」
僕「その記事はあるキー局の警視庁キャップを長くやられていた人のものです。その情報は正確だと思いました」。
ヤメ検「で、あなたはその記事を鵜呑みにしたの?」
僕「鵜呑みではありません(という記事は僕が入社する前のものなんだけど......)。裏を取りましたよ。別の記者からも。そうして、記事が真実に足りうる相当性があると判断したんです」
で、真実かそうでないかのやり取りが続いたのですが、ヤメ検が段々いきり立ってきました。これは彼のお芝居かと思ったが顔が真っ赤だったので本気だったみたいです。
ヤメ検「そんなのあなたの主観でしょう!(顔面紅潮)。あなた、それでもジャーナリストですかぁ!」
とテレビドラマのように指を僕に突き刺してきました。アメリカの法廷映画みたい。
そう、大上段に振りかぶられて言われると、こちらもムッとくるものです。僕はずっと裁判官の方へ向けていた顔をヤメ検の方にゆっくり向けました。この連載のタイトルにある通り、『偉そうな奴』は大嫌いですから。
「はあ? そうですが」
と喧嘩腰で言いました。正確には僕はジャーナリストではないので、違いますと答えるべきでしたが、売り言葉に買い言葉というやつです。それから、ヤメ検の目をじっと見た。多分、ガンをつけていると思われたのでしょう。
ヤメ検、ますますエキサイト。
「書記、今のちゃんと記録しといて下さいよ! ジャーナリズムの根幹に関わる問題をこの人(僕)は言ってるんですよ!」
「俺、ジャーナリストなの?」と自問自答しながら僕は、ヤメ検に対する眼の力を強めました。
僕「いいですよ。どうぞ、記録してくださいよ」
さすがに割って入った裁判官。
「まあまあ、そんなに激烈にやらなくても。この人(僕)が書いた記事じゃないんだから」
ヤメ検「でもこの人(僕)があんな事言うから......」
裁判官から、「ではこちらからいくつか、質問させて頂きますね」。ようやく、顔面真っ赤のヤメ検からの攻撃終了。わからない事はわからない、わかる範囲で答えました。
それからもう二人の裁判官から三つ四つ質問がありましたが、僕は既に平静を取り戻しており、何とか答えられたと思います。当初、「二十分くらいで終わる」と弁護士が言っていたのが倍の四十分くらいかかってしまいました。
弁護士は「こういう裁判の場合、ライターや記者はともかく、あまり編集長とか出てこないから編集や雑誌について興味があったみたいだね」という事でした。
二人の弁護士は僕の法廷態度を気に入ったらしく、「○○の件、また久田さんに出てもらおうかな」とか話し合っています。二度とゴメンだと思っていたら、本当に依頼されましたのは苦笑しました。
感想。
法廷は孤独でした。
アノ許栄中が法廷でぶっ倒れた気持ち少しわかった気がしました。(「トラブルなう。」より再録・加筆)
文◎久田将義
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