前回の原稿で「振り込め詐欺」に使用する銀行口座を開設し逮捕された友人の話をしたが、彼は裏社会のヒエラルキーで言えば末端にあたる存在である。では、今回はそのヒエラルキーの上部に目を転じてみたい。
【前回記事】広がる貧困...振り込め詐欺グループ内にも格差社会
どのような人間が振り込め詐欺を計画し、稼いでいるのか?
わたしは振り込め詐欺に深く関わり、複数のグループを統括している人物に会ったことがある。その人物のことを仮に「ケツ持ち氏」と呼ぼう。正式な取材という形ではなく、ひょんなことからケツ持ち氏のいる場に同席することになったのである。
その場というのは、某暴力団関係者の放免祝いパーティだった。最近めっきり景気が悪くなった裏社会では刑務所の出所祝いをファミリーレストランで行なうようなことも増えてきたが、そのときの会場は歓楽街のキャバクラだった。
わたしは友人の誘いを受けて顔を出すことになったのだが、そのとき友人から紹介されたのが、ケツ持ち氏である。
ケツ持ち氏はすでにかなりの量のアルコールを摂取しており、その会に参加したわたしのことを同じ業界の人間だと思ったらしく、業界用語をふんだんに使いながら自己紹介をしてくれた。
ケツ持ち氏は極めて本職に近い、グレーゾーンの人間というポジションであった。年齢は三十代後半、季節は秋口だったと思うが、日サロにこまめに通っているのだろう、全身は黒パンのように日焼けし、Tシャツから伸びた太い腕には和彫りの柄が踊っていた。最近、流行のオラオラスタイルであり、店の外を歩いているときは小脇にセカンドバッグを抱えていることは想像に難くない。
友人の話によると、パーティの費用の多くはケツ持ち氏が出しているようで、この不景気に随分と羽振りがいいという印象を受けた。
ケツ持ち氏が自らのシノギを臭わせるようなことはなかったが、わたしは詐欺関係だろうと察しをつけた。さりげなく、薬物ネタと援デリネタを織り交ぜた話題を振ると、反応は薄い。
次に、詐欺、そして詐欺グループを狙うタタキ(強盗)の話題を振ると、身を乗り出す雰囲気があったので、詐欺で稼いでいるに違いないと判断した。
その場にわたしは友人にたまたま呼ばれただけだったし、世の中的にはどうかわからないが、めでたい席であることに違いはない。これ以上、身分を隠して取材まがいのことをするのも悪いと思い、物書きであることを明かした。
その上で取材に応じてくれればよかったのだが、ケツ持ち氏の表情は一変した。
夏休みのガキ大将のような満面の笑みは消え、眉間に皺が刻まれた。わたしを見る目に警戒心が溢れ、わたしの友人を呼びつけて、こそこそとなにかを話していた。
面倒なことになったと思いながら離れた席に座っていると、ひきつった表情の友人が戻ってきた。
「今日は帰ったほうがいいって」
「みたいだね」
長居する場でないこともあり、わたしは早々においとました。
あとあと、友人に聞くと、ケツ持ち氏は複数の詐欺グループを統括している人物で、そのとき、新たなスタイルの詐欺の開発に取り組んでいるところだったらしい。
一口に詐欺と言っても、振り込め詐欺、還付金詐欺、投資詐欺、未公開株詐欺、社債詐欺、義援金詐欺など無数にあるが、詐欺師たちはマスコミが頻繁に報道し、警察の締め付けが厳しくなったタイプの詐欺に見切りをつけ、新たな詐欺に軸足を移す渡り鳥のような習性がある。
一度廃れたと思った詐欺もしばらく世の中から忘れられて危機意識が薄らいでくると、再び力を入れ始めるので、詐欺師と警察がいたちごっこを続けている状況に終わりはない。ただ、その時々のトレンドが変わるだけだ。
わたしがケツ持ち氏と会った数年前は、振り込め詐欺の注意喚起が盛んだった頃で、銀行側も日常的に取引のない銀行口座に対する振り込み金額を制限する措置を取っていたから、詐欺師たちは従来の「振り込み」から、直接金額を「受け取る」手法へと変化しようとしていた。ケツ持ち氏はそのあたりのことに頭を使っていたのではないかと思う。
しかし、キャバクラを貸し切り、シャンパンのコルクが次々に宙を舞う放免祝いは派手なものだった。
詐欺で集まった金がキャバクラでバラまかれ、その金でキャバ嬢がブランド物のバッグを買う――詐欺にまつわる取材をしていると、詐欺グループの人間が「俺たちはこうして世の中に回っていない金を市場に出しているんだから、日本経済に貢献している」などと言うことがあり、その都度「モノは言いようですね」と答えているのだが、夜の歓楽街に限って言えば、たしかにそういう側面があるかもしれないと思わせるパーティだった。
あれから数年が経った。裏社会の時間の流れは早い。
わたしが気になっているのは、今もケツ持ち氏が夜の街で黒光りしているだろうかということである。
次回は、詐欺グループのヒエラルキーをもう少し細かく見ていきたいと思う。
Written by 草下シンヤ
Photo by ハウンド 闇の追跡者/講談社