朗読詩人 成宮アイコ 傷つかない人間なんていると思うなよ

半額のケーキを全部食べたり、嫌いな人のSNSを見すぎてアドレスを手打ちできたり、ひとりの部屋でしていることは愛おしい|成宮アイコ・連載

2018年05月09日 SNS 幸せ 成宮アイコ 連載

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わたしがひとりの部屋でしていること

 帰宅途中、駅ビルの有線で流れていたEXILEの曲がやけに耳に残って、なんて言っているのかわからない英単語の歌詞を、ひとりの部屋でうろ覚えで歌ってみたことはありますか。わたしはあります。

 夕方のスーパーで半額になったケーキやシュークリームをたくさん買って、紅茶も入れずにひとりでこっそり食べたことはありますか。わたしはあります。

 イオンで買った100円のシュークリームを食べながら片手でスマホをいじっていたら、小さいころに近所に住んでいた年下の女の子を、Facebookで偶然見つけました。おもかげのあるアイコンをクリックすると、庭で赤ちゃんを抱いている写真が5分前に更新されています。いつの間にかお母さんになっていたことにびっくりしました。あの子がお母さんに!...と、感傷的になり、そのままサイトをめぐっていると、中学校のころに担任だった新米の先生も見つけました。すっかりベテランの風格、いつのまにか孫が生まれていたようです。

 つけっぱなしのテレビからは名探偵コナンのCMが流れたので、ちょっとだけコナンの声真似をしてみます。少しも似ていないな、と苦笑いをしながらスマホゲームを立ち上げました。部屋の床では積み本がいまにも倒れそうです。
 まったく、帰りに本屋さんで立ち読みをした雑誌の、「1週間着まわしコーナー」に出てくる女性のような日常は遠い世界すぎる。なんだか自分だけ社会から取り残されたような気がして、もうひとつシュークリームを買いに行きたいような気持ちになりました。

 けれど、彼ら彼女らだって、もしかしたらわたしと同じかもしれません。あの駅ビルに入っているスタバのおしゃれな店員さんだって、いまごろ自分の部屋で同じことをしているかもしれないのです。


人間がひとりのときにしていることは愛おしい

ひとりの部屋でしか着られないカラフルで派手な装飾のパジャマを買ったり、

ジャムをパンにつけずにスプーンでそのまま食べたり、

人には見せられないけどおいしい秘密のごはんがあったり、(ちなみにわたしの秘密ごはんは、納豆とめかぶをまぜてゆでたそうめんにのせたもの。粘りが強すぎてなかなかすくえずものすごく食べにくい)、

子どもの声をデフィルメしすぎたような、深夜アニメキャラの声真似をしてみたり、

そのうち上手になって、「こういう声ってこうやったら出るんだな」なんて思ったり、

嫌いな人のSNSのアドレスを手打ちできるようになるほど見ていたり、

ベットのへりに足をかけて腹筋をしようとしたまま、まとめサイトを見てしまったり、

洗いものをためこんで流し台をマグカップだらけにしてしまったり、

 ..少し考えただけでも、できれば人に見られたくないことは山のように出てきました。万が一、自分がひとりでいる空間を誰かに見られていたら、しばらく寝込んでしまいそうです。正直、書くのも結構はずかしかったです。

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簡単に人をディスれるけれど...

 いつもの帰り道、家用の靴下を買いに駅ビルへ寄り道。家で履くだけで誰にも見せないからかわいいものにしよう、と、キャラクターが全面に描かれているものを手にとろうとしたら、一階のスタバの店員さんが同じものを手に持ってレジに並んでいました。
 おしゃれな人も、家ではこういうの履くのかと思ったら、なんだか愛おしいような、嬉しいような気持ちになりました。

 カフェの店員さんにメニューの説明を聞くときは、少し緊張します。昔から知っている友達に子どもが生まれると、なんだか立派な先輩に感じます。楽しそうな学生さんを見ると、自分の過去と比べて自己嫌悪します。自分の気持ちに余裕がないときには妬みます。

 ですが、おそらく、わたしたちがそれぞれ「ひとり」になったとき、たいした違いはないかもしれません。

 10代のころから変わらないメイクと派手な服を着ている歌手も、変わらないことを応援する人も、変わらないことをディスる人も、家用の靴下はアニメのキャラクターものかもしれません。

 ジムに入っていくかっこいいおねえさんも、ルノアールで打ち合わせをしているスーツの男性も、信号待ちをしているおばあちゃんも、キャップをかぶったおじいちゃんも、新宿伊勢丹の店員さんも、パジャマには毛玉ができているかもしれません。

 LINE越しの大好きな女の子も、顔も見たくないあの人も、リュックからネギがはみだしている買い物帰りのわたしも、カバンには半額のシュークリームが入っているかもしれませんし、これを読んでくださっているあなたも、自分の部屋で「ひとり」のときにしていることは、もしかして同じかもしれません。


できるだけ簡単な「幸せになるものリスト」

 そう思うようにしていても、自分だけが恥ずかしかったり、自分だけがみじめに思えたり、自分だけが...という焦りが消えないときは、パニックやヒステリーにも近いような熱が頭をめぐります。考えがまとまらずとっさの判断ができないのに、なぜか自分を追い込んでしまったり、わざと自己嫌悪をするようなことをして、悪い方向に進んでしまいます。そしてますます他人との比較をしはじめるという、お決まりの悪循環です。

 そこでわたしは、「幸せになるものリスト」を作っておくことにしました。

 食べものでも音楽でもなんでも良いので、幸せになることをできるだけたくさん書き並べます。「ドトールで抹茶ラテを飲む」とか、「帰るまえに本屋さんを1周していく」とか、「セブンでシュークリームを買う」だとか、簡単なものほど良いです。メールの下書きでも、持ち歩いている手帳でも、好きなことを思いついたらどんどん書き足していきます。
 イライラしたり、急激に落ち込んでしまったときにはこれを開きます。簡単なものをたくさん並べておけば、どれかひとつは実行できるものです。

 過去のトラウマや、自分への劣等感は何歳になろうとなかなか消えません。それを全部取り払う薬ができたとしても、わたしは新しい自分にはなれないような気がします。悪口を言って発散をするよりも、他人と比較をして落ち込むよりも、手軽にサッと幸せを手に入れてやりすごそうと思います。なんでもない日のご褒美を自分にあげられれば今日は満点です。

 そしてよかったらぜひ、あなたの、「幸せになるものリスト」を教えてもらえたら嬉しいです。わたしも #幸せになるものリスト のハッシュタグで書き込んでみます。できるだけ簡単に、できるだけ手早く幸せになって今日一日を終えられたら良いですよね。

(成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第十三回)

文◎成宮アイコ

https://twitter.com/aico_narumiya
赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」(書肆侃侃房)刊行。

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