一大観光地、京都。近年は市内を走る路線バスが観光客でいっぱいになり、地元民の足として機能しなくなったという話も聞かれるほど、大変な賑わいを見せています。
そんな京都に、「隠れ家的」なんていう表現では甘っちょろい、スパイが潜伏しても見つけられないのではないかというほどの居酒屋があります。
京都の繁華街である四条烏丸の近くにありながら、街の喧騒が嘘のように静かな住宅街。調べた住所によれば、今目の前にある建物が、目的の居酒屋「スペースネコ穴」のはずなのですが店がある様子はなく、私はそこに立ち尽くしていました。
すると、牧野ステテコを少し美人にした感じの女性が建物の前に自転車を止めて、中へ入っていこうとしていたので声をかけてみると、その方が店主だといいます。そして、入ることを拒否しているような真っ暗な通用口から、招き入れられました。
壊れたビニール傘に空の一斗缶、破れて外れた襖が転がって足元をすくってくる真っ暗な通路を抜けるとあかりのついた場所に出てます。店主が「散らかってますけど、どうぞ」と声をかけてくれたので、そこが店の入り口だとわかりました。
民家の玄関にさえ見えない、土間の上がり框のような場所から靴を脱いであがります。「居酒屋」に来るつもりでやってきた者にとって、ここには信じられない光景が拡がっているのです。
親戚の家と表現する方もいらっしゃるようですが、私は冬でも半そで半ズボンで過ごしていた小学校のクラスメイトYくんの家を思い出しました。
「散らかってますけど」は多くの場合、謙遜であったり若干の生活感に対する免罪の言葉だったりしますが、スペースネコ穴には、その言葉以上の散らかりがありました。コタツとちゃぶ台の上は、ガラクタともゴミともとれる物で溢れています。飲み物は、コタツのそばにある冷蔵庫からセルフサービスとのことで、瓶ビールを一本とり、栓を抜きました。栓をすてるゴミ箱はどこかと探すと、冷蔵庫の足元が、次のようになっていました。
ここには「ゴミ箱」という概念はなく、建物全体がゴミ箱のようです。そうこうしていると、常連さんと思しき男性が二人、その後店主の知人らしき夫婦が入って来ました。一見さんが珍しいようで、いろんなことを尋ねられたり、私もこの店が珍しいのでいろんなことを尋ねたりしながらお酒を飲んでいるうちに、店主がキッチンから料理を運んで来ました。特に注文もしていないし、こんな場所でつくられる料理の衛生面について考えていると。
場違いすぎる輝きを放った、とても美味しそうなウニが登場。思わず生唾を飲みましたが、やはり次の瞬間に脳裏をよぎるのは、衛生のこと。しかも生だし。
それでも勇気を振り絞って食べてみると、うまいのなんの。嫌な臭さが全くなくとろける舌ざわり。ほどよい塩気に、お酒が進みます。
次々と出てくる料理。ウニに加えてマグロに貝まで。どれも新鮮でどれも美味しい。普段は周りが見られるようになりたいと願っていますが、この時ばかりは「周りさえ見えなければ純粋に美味しいのに」と思ってしまいます。
ようやく火の通ったものが出て来ました。ウニはもう三つ目ですが、味付けにも変化があるので全く飽きません。
こんどは生の鶏肉を塩ごま油とニンニクで和えた一品。これもまた新鮮で美味い。さらにお酒を空けてしまいます。
ウニの写真から皿の向こう側に写っている千円札は「何日か前にだれかが置いていったお代」だそうです。店主も回収しないし、客も盗らないんですね。
結果的に、常連の皆さんとも楽しくお話ができ、出てくるものは全て美味しく、酔いがまわったからか慣れなのか、この空間がなんだかとても居心地よく感じていました。
ウニ3つに大量のマグロと貝に鶏、瓶ビール3本に日本酒2合で大満足した私は、後ろ髪を引かれる思いで、お会計をお願いしました。店主は「うーん、2000円」と言います。
え!? 安すぎる! 取材でもあるので、サービスはしなくていいと伝えましたが、これが通常の値段だとのこと。空間だけでなく、金銭感覚もとんでもないカオスなようです。
近所にあれば通ってしまいそうなほど、いいお店でしたが、私があんなに衛生を気にしていた訳をお見せしましょう。あの料理たちが調理されるキッチンです。
古都京都にある、隠れ家的ではなく魔窟的居酒屋「スペースネコ穴」。
あなたは、行きたいですか? 無理ですか?
私はオススメします。(Mr.tsubaking連載 『どうした!?ウォーカー』 第25回)
■スペースネコ穴
京都府京都市下京区燈籠町592-1
075-343-8377
不定休
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