万引きGメンの事件ファイル:捕まえた外国人が逃走…緊急配備、そして不可解な結末
客の振りをして店内に潜み、万引き犯の摘発に専念する万引きGメン(保安員)の仕事は、毎日がドラマだ。昨今では高齢者の万引きばかり注目されているが、外国人窃盗団や換金目的のプロによる犯行も絶えず発生している。今回は、十数年に渡って三千人以上の万引き犯を捕捉してきた筆者が、外国人万引きの実情に迫る。
ここ数年、ある特定の地域において、語学留学中のB人による犯行が急増している。小柄で筋肉質の彼らは足が速く、高い逃走率を誇る。ヒザに故障を抱える俺にとっては、まさに難敵といえる相手だ。だから彼らの犯行を現認した時には、たとえ逃げられたとしてもブツだけは取り返すという姿勢で捕捉に臨んでいる。
つい先日も、旅行用と思しき大きめのリュックサックの中に、六百グラムを超える巨大な和牛肉、高級みかん、ボトルガム四個、板チョコ四枚を隠したB人を発見した。被疑者の風貌から間違いなく飛ぶ(逃走するということ)と感じたので、犯人に気付かれぬよう店内で写真を撮り、その後に備える。そして、何ひとつ買うことなく店外に出た男の背後に忍び寄った俺は、左肩にあるリュックサックを掴んで声をかけた。
「こんにちは」
「ハイ、ナンデスカ」
「この中のモノ、お金払ってないでしょ」
言葉を言い終えると同時に走り出した男は、俺の手にリュックサックを残して逃走した。かけっこでは敵わないし、盗品を入れたリュックは確保できたので、深追いすることなく事務所に戻る。
万引き犯が逃走したという通報が入ると、所轄署内では非常ベルが鳴り響き、緊急配備が発令される。たかが万引きくらいでと思われるかもしれないが、逃げ得をよしとしない警察は逃走犯に厳しいのである。
駆けつけた刑事と共に押収したリュックの中身を確認してみると、その中には現認したブツ(被害品)の他に、日本語学校の入学許可証(写真付)が出てきた。でも、許可証に貼られた写真と逃げた被疑者の顔が、どうも一致しない。
「どこか違う気がするので、被疑者の写真を撮ったので見てくださいよ」
「なに? 犯人の写真があるなら、 早く言ってよ!」
刑事達と写真を見比べても、B人の顔は皆似ているので見分けがつかない。断定できないまま日本語学校に問い合わせると、入学許可証にある男の住所はすぐに割れた。
防犯カメラの解析と実況見分を済ませて所轄警察署に行くと、まもなく一人のB人が連行されてきた。面通しに臨むまでもなく、別人であることは明らかだ。だが、刑事達は疑心暗鬼のまま、俺の話を取り合わない。ここで通訳が到着して、任意同行された男に被疑者の写真を見せたところ、写真の男は自分のルームメイトであると供述した。写真の男の携帯に電話をかけさせると、すぐに犯行を自供した真犯人は、すぐに出頭すると約束して電話を切った。
「あんたがしっかりしないから、危うく誤認逮捕するところだったじゃないか……」
間違いの許されない警察は、いつもこうだ。
結局、その晩に出頭した男は、学校側が退学処分にして帰国させることを条件に逮捕されず、その翌日に出国させられたという。これ以上の詳細はわからないが、日本にも司法取引めいたものがあるのだと、妙に感心させられた事案であった。
【関連記事】「恨みながら死んでやる!」開き直った車イスの老婆は絶叫した:万引きGメンの事件ファイル
Written by 伊東ゆう
Photo by nakanishi akihito
外国人犯罪者―彼らは何を考えているのか (中公新書)
かけっこでは敵わない