海賊版サイト『漫画村』を発端とした「ブロッキング問題」に賛否両論(1)
政府が海賊版対策を理由に、海外サーバを使った違法サイトの遮断、いわゆる”ブロッキング”を要請していた件で、賛否両論が巻き起こっています。
事態が本格的に動き出したのは今月23日、NTT(コミュニケーションズ・ドコモ・ぷらら)が、政府の意向を受け、特に問題とされる3サイト(漫画村・miomio・Anitube)へのブロッキングを実施すると発表。講談社やカドカワ、CODA(一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構)などはこれを支持する声明を発表しました。
ところが、この動きに対して通信業界、法曹界をはじめ、様々な分野の専門家らが「憲法違反、通信業法違反である」と指摘しており、ISPの業界団体や、消費者団体、婦人団体などが反対声明を出しています。
では、今回の”ブロッキング”の何が問題視されているのでしょうか。双方の主な主張を並べてみましょう。
[ブロッキング賛成派(政府含む)]
・海賊版サイトへの対策は手詰まりで他に手がない
・特に問題となる漫画村などのサイトに限定し、事業者が自主的に通信遮断すべき
・海賊版サイトへの対策は緊急を要する
・緊急の事案なので緊急避難の要件を満たしており、違法ではない
・ブロッキングに関する正式な法整備が済むまでの緊急処置である
[ブロッキング反対派]
・事業法が禁止する「通信の秘密の侵害行為」である
・政府のブロッキング要請は事実上の情報統制であり、憲法に定める「検閲の禁止」に抵触する
・緊急を要した児童ポルノでは事業者がブロッキングをした前例があるが、今回の場合は法的根拠がない
・そもそも問題となる3サイトは、本格的な追及の動きを察知し、すでに閉鎖済である
・海賊版対策としてブロッキングは効果が見込めない
・海賊版対策を本気で講じたとは言えず、手詰まりどころかやるべき事をやっていない
このような問題に発展してしまった最大の理由は、今回の「政府からの要請」が、閣議決定だけで行われた事にあると言えます。法曹界からの批判には、国民としてよくよく考えるべき点があり、その最たるものは「閣議決定だけでサイト遮断できるならば、政府に都合の悪い情報などを国民の目につかないようにする事も可能になってしまう。そんな前例は作るべきではない」という指摘でしょう。
これは飛躍した考えという訳でもなく、事実として中国やエジプトなどはまさにそのものをやり続けています。ネットでも話題になりましたが、文革や天安門といったキーワードが中国国内ではタブーとされており、「あの時何があったのか海外の人間はよく知っているのに、肝心の中国人は情報が得られない」という話がありました。
今回は海賊版をばら撒く不埒な違法サイトに対するものだとしても、その内容はいつでも情報統制にスライドできるものであり、危険視されるのも当然です。
また、これだけ危険が伴うのですから、閣議決定だけでお手軽に片付けるのではなく、法治国家として相応の、丁寧な手順で話を進めるべきだったのではないでしょうか。
なぜ今まで『漫画村』を放置していたのか
次に、本当に海賊版サイト対策が手詰まりなのかについてですが、問題となった漫画村は、運営者が日本人で、日本から配信されていた可能性が極めて高いと言われています。このようなケースであれば、具体的な金の動きを把握する、広告を止めるなど、既存の法律だけでも出来る事は色々と考えられます。そうした努力をした形跡が見られない点も、大きな批判の的になっています。
違法行為によって利益を得ているサイト(及び運営者)は星の数ほどあり、中にはガードが甘く、簡単に個人が特定できるケースも少なくありません。まずは面倒臭がらずにそれらを一つ一つ潰して行き、然るべき社会的制裁を受けさせ、その経験とノウハウを公の資産として蓄積すべきではないでしょうか。今回の政府と、それに同調する企業のやりようは、悪い言い方をすれば目先の利益確保のために、後先考えず楽な道を選んだだけとしか受け取れないのです。
日本政府や警察、そして大企業の地道な努力と勉強を嫌う性質は、過去に何度も失敗を招いています。中でも重大な損失に繋がったと言えるのは、今から20年ほど前に音声データ(mp3)が問題視された際と、一連のWinny事件(2003年)でしょう。
90年代後半に、mp3によってCDをPCに取り込んで聞くという新しいスタイルが確立されましたが、権利保護の面で問題視され、専用の再生機器の取り締まりなどに発展します。さらにデータコピー対策を施した結果、買った音楽を自由に聞けなくなるどころか、再生機器の故障を招き兼ねないコピーコントロールCDという難物も生み出されました。
ところが、海外では同時期にAppleがiPodを開発し、iTunesを通して手軽に安く音楽が買えるようになりました。コピーコントロールCDの不便さと欠陥は、日本で音楽が売れなくなる要因になったとまで言われており、その逆の発想でシェアを拡大させたのがAppleだったと言えます。今では日本企業がどう逆立ちしても、その分野でAppleの世界シェアに並ぶ事は不可能でしょう。
この日本の立ち遅れはWinny事件でも起きています。Winny開発者・金子勇氏(故人)は、Peer to Peer(p2p)技術の分野では天才と呼べる存在でした。ところが、警察はWinnyを使った著作権侵害が深刻化する中で、金子氏を著作権違反ほう助の疑いで逮捕したのです。「悪用する人間が出ると分かっていながら、そんなものを開発してばら撒いたのは犯罪だ」という理屈です。金子氏は2011年に無罪を勝ち取ったものの、警察・司法が何をどう判断しているのか情報が錯綜し、ソフトウェア開発の萎縮と停滞を巻き起こしました。
金子氏自身も法廷で「技術開発の萎縮を招く」と発言しています。p2p技術は違法なデータをやり取りするだけのものではなく、データ配信(動画・音声番組も含む)や通話(IP電話)など様々な形に利用できるもので、この分野の遅れがどれほどの損失になったのか想像もつきません。
今回のブロッキング問題は、これらと同じ失敗を繰り返そうとしているように見受けられます。すでに多くの方が指摘している事ですが、大手コンテンツホルダーが手を取り合い、漫画村やmiomio以上に手軽かつ安価にマンガや映画などを楽しめるサービスを生み出す事が、最も効果的な海賊版対策です。お金を出しているのに不便な思いをさせられるのならば、いつまで経っても違法サイトへの需要は減りません。今日本が考えるべきは、言うなればiPodの開発であって、間違ってもコピーコントロールCDの亡霊を呼び覚ますことではないのです。
また、この安易なブロッキングという処置は、むしろ海賊版の横行を招き、日本からは手出しができなくなり、クールジャパン戦略が再起不能なレベルにまで瓦解する可能性も秘めています。これについては次回、実務の面から具体的に問題点を指摘します。(文◎荒井禎雄)