時給300円……今、町で見かける多くの外国人たちが働いている環境を日本人のあなたは知っていますか?
平成26年時点の埼玉県の最低賃金は時給802円でした。この年、同県の建築関係の会社にわずか時給300円程度で雇われている男性がいました。
ベトナムから技能実習生の在留資格で来日していたグエン・バオ・ナム(仮名、裁判当時30歳)です。
8時から17時までの実働8時間の勤務で、休日は日曜日だけでした。月に25日働いたとして月に200時間、彼に支払われていた賃金は月に6万円ほどでした。彼を雇用していた会社の社長は「11万円は払っていた」と供述していますが、もしそうだとしても最低賃金以下で働かせていた事実は変わりません。
もちろん違法ですが、技能実習生に関してはこのような現状がまかり通ってしまっています。
彼が来日した理由は、「日本に行けば楽な仕事で月に30万円はもらえる」と教えられたからです。当時、ベトナムの平均年収は日本円にして約40万円程度でした。両親と妻、そして3人の子供と生活していた彼にとってまるで夢のような話に思えたのだと思います。
しかし、ただ日本に行きたいと希望してもそれは叶いません。日本の企業に斡旋してくれる第三者がいなければ実習生の在留資格を取ることは簡単ではないのです。
彼は斡旋業者に紹介料として約150万円を請求されました。平均年収のおよそ4年分です。彼は懸命に働き、さらに親族や友人知人から借金もしてお金を作りました。そしてようやく日本行きの資格を手に入れ、平成26年6月に技能実習生の在留資格で来日しました。在留期間は3年間でした。
来日して働き始めてすぐ、聞いていた話と全く違うことに気づきました。家族のためにお金を稼ぐどころか、自分が生きていくのもギリギリな金額しかもらえませんでした。大きな借金までして日本に来た以上、稼がないで帰国することもできません。技能実習受け入れ先の指定企業で1年ほど働きましたが、この企業を彼は辞めました。
技能実習生が指定企業以外で働くことは禁止されています。辞めれば在留資格も失います。だから契約期間内に辞めた者の選択肢は2つだけです。帰国するか、違法滞在をするか。彼は後者を選びました。
指定企業を辞めて違法滞在者となった後、彼は日本各地を転々としながら様々な職に就きました。
解体工、パチンコ店従業員、農作業、等です。ネット上に同じような境遇の違法滞在者たちのコミュニティーがあって、在留資格を確認されない仕事先の情報が共有されていました。そこで調べれば仕事を見つけることは容易でした。
かなりキツい仕事や危険を伴うものもあったようですが、コミュニティー内で共有されている職場は労働に応じた賃金を払ってくれるところが多かったようです。
私たちの生活を支えてくれているもの
知人の借りていたアパートに居候していた彼のもとに捜索差押え礼状を持った警察が踏み込んできたのは平成30年1月23日、彼が来日してから3年半の月日が経っていました。誰かが通報したようです。
「いつか違法滞在がバレるとは思ってました。でもせめて借金だけは返したくて日本に居続けました」
このように話していた彼の違法滞在は警察に逮捕されたことで終わりを迎えました。借金は平成29年の7月には完済していました。
ほぼ毎日のようにある『出入国管理及び難民認定法違反』の裁判を傍聴していると、このような技能実習生にまつわるケースはとても多いです。貧困から犯罪に走る者がいたり、受け入れ企業から人権をまるで無視されたような扱いを受けている者も珍しくありません。
現代の日本で、まさに奴隷制度と呼ぶ他ない実態が拡がっています。
この罪名で起訴された被告人の多くは裁判の最後でこう述べます。
「もう二度と日本には来ません」
この言葉を聞くたびに、この社会を形作る一員として申し訳ない気持ちになります。誰かの不幸の上に成り立つ社会、どう考えても不健全極まりないと思いますがこれが今の日本の実情でもあります。(取材・文◎鈴木孔明)