押尾学事件で拡散した「下着会社の女性社長」デマの内幕 ネットウヨク論:番外編
今回は、『キムチ好きは非国民か?「情報の記号化」が招く危険について:ネットウヨク論第13回』 の補足記事であり同時に先日被告の保釈で大きな話題となった「PC遠隔操作事件騒動」にも通じる内容である。
片山被告に対する人権無視の魔女狩りかのようなやり方は、主に警察・検察のメンツと、それを守るための生贄欲しさが要因だろうが、それ以外に「片山=犯人」という記号化(=決め付け)がもたらした悲劇だとも言える。
また捜査に関わる公の立場の人間だけでなく、それから伝えられる情報を鵜呑みにし、結論が出る前から片山被告が真犯人であるかのように触れ回ったマスコミも、そのマスコミが伝える情報をこれまた鵜呑みにして「片山が犯人で確定」と思い込んだ一般市民も、すべて片山被告を “犯人” という記号として頭に刷り込んでしまった。仮に今後何か展開があって「やっぱり片山被告が真犯人でした」という結論が出たならば仕方ないにしても、現時点では何も結論に至っていないという点を忘れてはならない。
こうした情報の記号化の怖さを示す実例は他にも様々あるが、今回は私がよく知る案件として、押尾事件の際にさも事実かのように拡散された”ある大嘘”を挙げてみよう。
押尾学が事故を起こした”六本木のやり部屋”の所有者だとして注目された野口美佳さんという女性がいる。下着メーカー・ピーチジョンの元社長だ。彼女にまつわる「さも事実かのように伝えられている情報」の中には、とんでもないデマがある。中でも明らかな大嘘が次の画像だ。
この画像は野口美佳さんが”矢野里美”というペンネームを使っていた頃のもの。私が知人のブロガーから使用許可を頂いて数年前にブログに掲載したところ、これが何故か「ピーチジョンの元会長とAVメーカー桃太郎映像出版の元会長が同一人物である証拠」として拡散されてしまった。
この画像に写っている男性はピーチジョンの元会長・野口正二氏で、野口美佳さんと共にピーチジョンを創業した人物である。それが何故か桃太郎映像出版の矢野氏だとされてしまったのだが、果たして矢野氏に会った事のあるAV業界人の中に、この写真の男性が矢野氏だと思うひとがいるだろうか?(もしいたら良い眼科を紹介するので至急ご連絡ください)
しかしこれが情報の記号化の恐ろしさで、押尾事件で悪い噂の絶えなかったピーチジョン及び野口美佳さんに、より悪い情報(記号)をくっ付けたいという野次馬連中の願望が強すぎ、多少のウソや誤りが無視されてしまったのだ。当時私は「野口美佳の元夫の野口氏と桃太郎の矢野氏は別人だ」という内容の記事をブログに掲載したのだが、そこから上の画像だけが切り取られ、あろう事か「AV業界に詳しいブログに野口の元夫が桃太郎の会長である証拠が掲載された」と捏造(拡散)された。
確かに事件の渦中にある有名企業と、ヨゴレ仕事の代表格であるAVメーカーとが結び付けば、野次馬的に面白い情報になるだろう。ただそれは「事実であれば」「裏が取れれば」の話だ。
だが残念なこと(?)に、押尾事件についてあれこれ書き立てられていた2ちゃんスレや、アングラ系情報サイトなどに掲載された情報の中には、ピーチジョンと桃太郎とを繋ぐ確かな証拠は何一つなかった。そうにも関わらず、未だに押尾事件について検索すると、さも当然かのように「ピーチジョン=桃太郎」として語られている。おそらく「野口美佳・ピーチジョン=悪」「桃太郎・AV=ヨゴレ」という記号だけで考えた結果、次のようなトンデモ展開をしてしまったのだろう。
(A)「押尾事件のやり部屋の所有者は野口美佳である」
「ピーチジョン=野口美佳は悪である」
→だからきっともっと悪い事をしているに違いない
→もっと悪い記号を探そう
(B)「ピーチを日本語にすると桃である」
「ジョンという名前は日本で言えば太郎である」
「ピーチジョン=桃太郎だ」
(C)「そういえば桃太郎というAVメーカーがある」
「桃太郎で検索したら脱税事件を起こしたニュースなどがヒットした」
「ヨゴレ仕事な上に事件まで起こしているなら桃太郎も悪である」
→同じ悪者同士、ピーチジョンと桃太郎との間には何かあるに違いない
(D)「野口美佳は昔は矢野里美という名前(ペンネーム)だった」
「野口美佳には離婚歴がある」
「矢野里美時代に矢野という男と結婚していたに違いない」
「桃太郎の会長は矢野という名前だ」
→桃太郎の矢野こそが野口美佳の前夫でありピーチジョンの前会長だ!
(E)「ピーチジョンと桃太郎が繋がった」
→という事は、○○が××で、△△はほにゃららである!
記号だけで情報を判断すると、上のようにあまりにもバカ過ぎる展開になってしまう。 まず野口美佳さんは離婚したから姓が野口になったのではない。旧姓は成田だと言われており、そこから野口氏と結婚したから野口美佳になったのだ。また矢野里美という名前については、本人が 「あれはペンネームだったけど、嫌だったから本名に変えた」と発言している。
よって、上のフローで言えば(C) までは個人の願望の類なので、そう思うこと自体は仕方がない。だがその後の(D) と、それを前提に派生した(E)以下の情報はすべて大嘘(ないしは一切の裏取りが出来ていない) という事になる。
情報の記号化の怖さは、こうした真偽よりもパズルゲーム的な面白さを優先してしまう思考停止と、それがもたらすあまりにも無責任なデマの拡散や扇動にある。
扇動といえば、押尾事件が起きたのは2009年8月だが、この時期に何があったか覚えているだろうか? 実は民主党が世紀の躍進を見せた衆院選も09年の8月末の出来事なのだ。そして押尾事件には北陸に強い地盤を持ち、AV業界ともナニがアレな接点のある”某元首相”の息子が深く関わっていたという話もあり、六本木界隈のお約束として「一皮むけば政治家が出て来る」構図があった点は間違いない。(押尾自身も 「自分には政治家のバックがいる」 と言いふらしていた)
こうした背景から、押尾事件をデマでも何でもいいからとことん波及させ、何事かを企もうとした輩がいたとしたら、あの当時の薄気味悪い情報拡散にも納得がいく。そういう思惑があるならば、ピーチジョンと桃太郎がどうしたこうしたという「表に何も証拠が出ておらず、むしろデマである証拠の方が多い」なんて情報でも、不都合なネタに耳をふさいで拡散を試みるだろう。押尾事件の際にデマに踊らされて情報の拡散を手伝った連中は、そうした”煽り屋”に乗せられ、知らず知らずの内に手駒にされていた可能性が大きいのである。
今後ネット人口は増える一方だろうし、このような手法で良からぬ事を企む輩は後を絶たないだろう。だからこそ「ネット上の情報はまず疑ってかかる」「テンプレを鵜呑みにせず自力で考える」という、このシリーズで何度も繰り返している一手間が大事なのだ。
片山被告の保釈騒動では、彼を犯人と決め付け、憲法・人権を無視してまでも手柄とメンツを守ろうとする警察に非難の声を挙げている方が大勢いるが、ではその方々は別のケースで安易な記号化に逃げたことはないだろうか? 誰か特定の個人に対して勝手な決め付けやレッテル貼りをしてしまったことはないだろうか?
ネットの情報はまず疑おう。この記事も疑おう。そして自分の願望を捨てて考える訓練をしよう。そうした努力を忘れなければ、より安全に、便利に、ネットとそこにある情報とを活用出来るようになるだろう。
Written Photo by 荒井禎雄
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