新聞沙汰になった”東京一危険な男”に「刺すぞ」と言われました|久田将義・連載『偉そうにしないでください。』第五回

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※これは追悼文と受け取って頂いても構いません。

僕はとりあえず、どんな人でも会うことにしていたのですが、最近はツイッター上だけで知り合った人とは会わないことをモットーにしています。一回、失敗しているからです。元から名前を知っていた人とたまたまツイッターで知り合った人と会うのは別です。
とは言え、誰かを紹介してもうのは、編集者として必要です。

「東京一危険な男」(「クイックジャパン」(太田出版)命名)「荻野アンナさんの母上を脅迫した男」Kという人物がいました。

ライターで故井島ちづるさんという女性がいました。僕が在籍していたワニマガジン社では『アクションカメラ』(現在休刊)などで署名原稿を書いて頂いていました。
この井島さんから、紹介したいライター(Kです)がいると電話がかかってきました。で、Kと連絡を取り合い会社まで来てもらうことにしました。どんな記事が書けるのか、どんなジャンルが得意なのか、どんなキャラクターなのか。新しいライターに会うのは楽しみなものです。

そしたら、Kは初っ端から色々やってくれました。

まず、待ち合わせで遅刻約三十分。まあ、これは百歩譲ってしょうがないとしましょう(本当はダメですよ)。当時Kは二十歳くらいでそんなに社会経験もないはずでしたから。学生みたいなもので、しょうがないかという気持ちです。

会った第一印象。イメージでいったら漫画『ドラゴンボールZ』に「魔人ブウ」というキャラクターが出てきますがそれに似ています。そして首が隠れるくらいの髪の長さ。身長150cmと少し、体重80kgくらい。声は女の子のように、あるいは子供のように高い。一瞬太った女の子が会社に来たかと思いました。

そして遅刻の詫びも言わず、編集部に来るやいなや、かん高い声で「あのーっ久田さんって人いますかあっ」と、叫びます。ぎょっとする編集部内の女の子たち。僕も一種奇妙な外見にちょっとびっくりしながら、あわてて「はいはい」という感じでKの所へ挨拶に行きます。

とりあえず椅子に座ってもらい、名刺交換しようと思ったが名刺がないと言います。その代わりA4の紙を差し出し、ここにプロフィールが書いてあるとのことでした。ああ、まだ学生みたいなものだから、名刺がないんだなと納得していると、またカン高い声で「あの、それ、十枚くらいコピーして下さい!」。

は? 

初めてきた会社の編集者に対してのセリフとは思えず意味が理解できませんでした。
「コピーならご自分でしたらどうですか? そこにありますから」
と対応。Kはろくな挨拶もしないまま、自分のプロフィールをコピーし始めました。

この時点で彼と会ったことを半ば後悔していたのですが、知り合いのライターからの紹介となれば邪険にもできません。
『クイックジャパン』(太田出版)にコラムを書いていると言って、見せてくれました。
あと、自分は演劇をやっていると言っていました。僕の出身校、法政大学の関連施設でも劇をやったとありました。無理やり話題を見つけたかった僕は「ああ、法政大学にも行ったんですか。僕、あそこを卒業したんですよ」とお愛想のつもりで言ってみます。
すると「へー」と一言だけ。
参ったな。すると、詩を書いて持ってきたので見て欲しいと言います。詩という時点で「ああ、うちの出版社とは合わないな」と思い読んでみると、まるで意味がわかりません。つまらないです。さっと目を通し、とりあえず「興味深いものですねぇ」と言ったら「そんなに早く読めるもんなんですかぁ」。

しかし彼はその後、「何でもやります」というようなやる気のあることを言っていた気がします。少し仕事の話をして帰ってもらいました。編集部内の先輩が「何アレ? 気味悪いなぁ」「危なそう。ナイフとか持ってそうだよな」と口々に言っていました。

しかし、こういう人を紹介する方もちょっと考えてもらわないと、と紹介者の井島さんに電話しておきます。井島さんは恐縮しており、逆に僕の方が井島さんに悪いことしたなと今は思っています。まさか彼が数年後に新聞沙汰の事件を起こすとは思ってもみなかったのです。

それから彼に何度か会うことがあり、食事を奢ってあげたりしましたが、今考えると僕もお人好しですね。ただ話をしているうちに、ようやく彼の本性を理解しつつありました。

まず、だいぶ勘違いをしているし、傲慢、礼儀知らず、自分本位。人と付き合う最低限の要素に欠けていることに気づきました。

以下、彼の名言。
「貴方は僕の才能をどう感じているんですか!」
「僕と仕事をしたくないんですか!」
「僕の才能を埋もれさせていいんですか!」
こいつはダメだと決断しました。

電話がかかってきた時、ハッキリ言ってあげた方が彼のためになると思い、「僕と仕事をしたいと思っているんですか! 僕の才能に触れたいと思っているんですか!」と始まったので「うん、全く君と仕事をするつもりはない」と言いきります。それからまた、本気なんですか、とかグタグタ言い初めたので、じゃ切るよと強引に受話器を置きました。やれやれ、変な人間だったなあと椅子の背にもたれます。色々な奴がいるもんだとぼんやり考えていました。ところがこれで終わりではなかったのです。

 

「俺、今から会社辞めるから。で、そっち行ってやるよ」

 

年末の歌舞伎町で飲んでいる時にまた携帯に彼から電話がかかってきました。今度は哀願口調で、金がないので僕の家に泊めてくれと言います。しかも正月の間に。

呆れて言葉を失いますが「よく考えると、俺のことをナメてんのかな、こいつは」とようやく怒りへと感情のモードが変化しました。気づくと、歌舞伎町のど真ん中で携帯電話に向かって怒鳴っていました。
「お前いい加減にしとけよ。よく考えたけど、ナメてるよなぁ、いや、ナメてんだよ。二度と電話してくんじゃねえ。二度とじゃねえ、一生だ」と一方的に切りました。

歌舞伎町では、この程度の怒鳴り声は珍しくなく、日常茶飯事なので、通行人もこちらを見ません。

そして、時を経て数年後。再び、Kから連絡があった時、僕はミリオン出版に在籍しており、Kという名をすっかり忘れていました。

ある日、出社すると机にメモ書きがおいてありました。

「Kさんという方が連絡が欲しいそうです」

ライターでKさんっていたかなぁ。記憶の糸をたぐり寄せます。しかし、どこかで聞いたことがある名前だ……。あ、KってあのKか。Kからの電話を受け取った部下にも、どんな声だったと聞いてみます。すると、子供というか女の子のような声だったと言います。やっぱりアイツか……。無視しよう。そう思い放っておくと翌日、またメモ書きがありました。

「何、ばっくれて慣れなれしく電話してきてんだ……?」

僕は会社内では怒鳴ったり、大きな声を出さないことを信条にしており、守ってきたつもりですが、この場合だけ例外を意識的に作ることにしました。芝居を打つことにしたわけです。ただし、周囲を確認してからです。

Kの連絡先に電話をかけます。あの独特の女の子みたいな声で答えてきました。

「はい」

Kです。間違いありません。
社内ですし、ここで大声を出した場合、お客さんがいたらびっくりしてしまいます。「『実話ナックルズ』の編集長ってああいう雑誌作ってるだけあって、やっぱりって感じ」などと噂されるのも本望ではありません。が、Kはカマしておかないとつけ上がってくるでしょう。
また、つきまとわれる。しょうがない……。
周囲には人はいないことを再確認。

僕「お前、Kだろ。もうかけてくんなって言わなかったっけ。何すっとぼけてんだよ」
K「え? …んなこと聞いてねえよ」

いきなり強気に出られたので、当初は多少うろたえ気味のKですが、立ち直って反撃してきました。奴はいつもはカマしている側らしいのです。

と、いうのはあとでKの名前で検索しネットを見たら「Kから受けた被害者の掲示板」というような類のものがあり、Kはしつこく劇団関係者に電話し、相手が断ったりすると「暴走族呼ぶぞ」とか「今からヤクザを行かせるぞ」という脅し方をすると書いてありました。

僕「トボけんなよ」

KはKでうるせーとか、お前は何なんだよ、と応戦してきます。しかし、ついにKのこんな言葉が出ました。

「刺すぞ、てめえ」

「ダメだこいつ」と思いました。受話器に向かって怒鳴っていました。

僕「何だと、この野郎。やってみろ。久しぶりだわ、こんな頭キタの。今からテメエん家行ってやるから。会社に迷惑かけられねえから辞めてからサシで会おうじゃねえか。テメエ、確か●●市だよなぁ」

K「だから刺すって言ってんじゃねーかよ」

途中で一方的に切られました……。

もう電話はかかって来なくなったのですが、それからです。ネットで彼の被害に遭っている人たちの掲示板を初めて見たのは。ああ、こいつはあの頃から全然変わってないんだな。そう感じながらぼんやりと被害者の人たちの掲示板の書き込みを流し読みしました。

しばらく月日が経ちました。すると、新聞で作家・荻野アンナ氏のご母堂に脅迫電話をかけた容疑でKが逮捕と報道されていました。やっぱりそういう事をする人間だった訳です。僕だけではなく。

※風の便りに彼が亡くなったという情報を聞きました。因縁ある人間とは言え合掌します。(「トラブルなう」より再録・加筆)

文◎久田将義