恐喝に来たヤクザに「領収証ください!」……裏社会に学ぶ謝罪の仕方|久田将義
「何でこんなことになってしまったんだろう」
待ち合わせの喫茶店に行く途中、ぼんやりと考えていました。当初、会社でその男からの電話を受けた時は、話し方が若く感じたので元暴走族などの類かと思い、むしろ気軽に待ち合わせ場所に出かけたのです。
しかし、店内に入り、スーツを着込んだ数人の男たちの集団を見たとき、嫌な予感がしました。自分の見方の甘さを悔やみましたが遅いかったですね。
ヤクザだ、これは、ホストとかじゃないわ……。
彼らも、僕の方を見ています。目が合います。回れ右してすっとぼけて、店内から出たい気持ちにかられましが、それほど僕には勇気がありません。どうにでもなれ、という気持ちで近くに寄り、なるだけ穏やかに低姿勢で話しかけました。
「お電話を頂いた方ですか?」
無言。剣呑な雰囲気のままうなずくスーツの男たち。
「じゃ、失礼します」。ちぢこまりながら、向いの席に腰をおろしました。そして、この業界独特の洗礼を受けることになりました。
都内某喫茶店で、僕は3、4人のヤクザに囲まれていました。沈黙に耐えられなくなった僕が口を開きました。
「この度は不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
すかさず、目の前のヤクザが返してきます。
「これは編集長のあなたが出張ってきても済まない問題なんじゃないんですか」
首筋から刺青が見えます。周りの男たちは何も言わず、じっと僕を睨んでいました。男たちの目は、その筋の世界に生きる者独特の嫌な光を発していました。
「あなたが出張ったからってどういう意味があるんすか。それっぽっちの話で、アタマ下げられて終わられたんじゃ、私らこれじゃ表歩けないですよ、そうでしょ」
スーツの男は、手首まで入った刺青を意識してかしていないか、それを見せながら静かに語りかけてきます。その表情と佇まい。ああああ。完璧じゃん。これは謝っただけでは済まないと判断しました。
怖い人に呼び出された時は「どこで」会えばいいのか
「いや、わかっています。本当に申し訳ありませんでした。どのようにお詫びしたらよろしいので……」
僕の謝罪が終わらないうちに、間髪入れずに突っ込まれる。
「それはおかしいんじゃないですか? 詫びを入れに来たあなたが、その仕方を私らに聞くっていうのは。あなたからどのような誠意を見せてくれるかでしょ」
これは、謝罪する上で、最もダメな言葉です。それを言ってしまいました。経験不足ですね。「どうしたら良いのでしょう」という類の言葉。「それはそっちから言いなさい」とい相手は思っていますし、返します。そして、イライラさせます。
額からどっと汗が流れました。誠意とはつまり金のことです。向こうから金を要求したりしたら、恐喝になります。あくまでこちらから、「今回はこういった金額で勘弁してもらえないか」ということを言わせたいのです。暴対法ができてから、この手のタイプが多くなってきています。勿論、「これは恐喝だからな!」という強行突破タイプもいます。
「これは頭を下げて片付く問題じゃなかったな」
気軽に独りで出かけた自分の愚かさを痛感しました。とにかく何かしゃべらなければいけない。3、4人のヤクザに囲まれた無言の圧力には堪えられなかったです。
「とりあえず会社に報告しなければならないので、これで失礼して、のちほどご連絡という訳にはいきませんか」
逃げ口上です。早くこの場を立ち去りたかったです。ちなみに、その時はコーヒー代は払わなかったのですが、天然です。
とりあえずは一連の件を会社に報告しなければなりません。編集長と言えど、一介のサラリーマンに過ぎず、「連絡、報告、相談」という基本原則に沿うということが大事です。
翌日、会社に報告後、ヤクザに精通している先輩ライターなど数人に相談したのですが、強行に出てきたら、恐喝で警察へ届け出るしかないということでした。
読者の皆様にもそれが一番おススメです。そして、何より毅然とした態度を貫くこことアドバイスを受けましたが、「そんなこと言ったって、それが一番難しいんだよなあ」と心の中でグチをこぼし、先方のヤクザとまた電話で話します。
電話でのやりとりが、結局三週間くらい続きました。実際、僕の精神面はかなり限界に近付いていました。仕事も手につかないですし。結局うっとうしくなってしまうのです。夜、家にまで追い込みをかけられるのではと眠れなくなったりもしました。気が弱いですね。
結局、彼らと再び会う運びとなりました。その時は自分の中で半ば開き直っていました。
「わかりました。こちらも取材謝礼を用意致しましたのでお会いしましょう」。そう電話で告げました。
先方の声音が柔らかくなり「わかりました」。その声にかぶせるように僕は中身を言いました。それはいわゆる足代のような額でした。取材費という名目ですから、微々たるものです。一瞬間を置いて相手の声音が、元通りの闇社会の人間のそれに変わりました
「なにぃっ。それがあんたらの誠意ってやつか!」
血の気が引きました。でも言葉を続けます。
「申し訳ありません。これは会社の判断です。それでなければお話しもできませんし、お会いすることもできません」
懸命に冷静さを装い、言い切りました。
「何だそりゃあ……。じゃあ、こっちで場所と時間決めさせてもらうからな。○○日の○時に喫茶店でということでいいな。とりあえず来いよ。会社に行ってもいいんだぞ」
「今、会社の近くの喫茶店て言ったじゃないですか。正直言って来て欲しくありませんし、皆さんのような方が来社したら、社員も怖がりますから。とりあえず宜しくお願いしま……」
相手は僕の言葉を待たず電話を切りました。
約束の日、僕は都内の喫茶店で、彼らと待ち合わせていました。今回は会社の担当部長も同行です。
すでに、相手は店に来ていました。6人くらいの複数で待っていました。その周辺だけ、異様な雰囲気に包まれています。実は、この喫茶店は大学生が多いのです。
そういう店におよそふさわしくない男たち。彼らに注文を取りに行くウェイトレスが気の毒になりました。
僕個人の経験ですが、基本的にヤクザは待ち合わせの時間より下手すると一時間は早く来ている人が多い(勿論そうでない人もいる)です。交渉事に有利だからでしょうか。そこでなるべく早く行ったのですが、さすが現役。それより前から来ていました。
口火を切ったのは部長で、僕はぼんやりと横で部長が話すのを聞いていました。まだかなり若い連中が部長に食ってかかります。たじたじとなる部長。そりゃそうでしょう。一気にああいう風にまくしたてられれば、誰でもたじろぐ。僕は仕方なく口を挟みました。
「どんなにおっしゃられてもこれが私どもの精一杯です。僕と会社の判断です。電話でも申し上げましたが、申し訳ありません。収めて頂けませんか」
喫茶店の従業員、客がこちらを横目でながめながらひそひそ話しているのがわかります。異様な雰囲気に店内は包まれていました。
それから1分くらい経った頃、おもむろに彼が立ち上がりました。
すると、総務部長が思わぬ一言を。
「あの、領収書いいですか」
その一言に、収まっていたヤクザたちが騒ぎ出します。
「ナメてんのか、コラ!」
慌てて僕は、部長をかばいます。「いやいや。部長。あ、もう話は終わったはずですよね」
ヤクザは睨んでいましたが、「おい、行くぞ」そう小さな声でつぶやくと、舎弟も席を乱暴に立ち店を出て行きました。
「あ、今日はコーヒー代払えよ」
それが捨て台詞です。そう言えば忘れていました。この間は結果的に奢ってもらった形でした。
まだ慣れていなかった事もあり、このケースは反省点だらけです。
まず、相手が会社に来る、というパターン。これはこちらが行くよりはまだマシです。会社ならそこで彼らが暴れたり脅したりしようものなら、目撃者がたくさんいる訳だからです。
従って近所の喫茶店で待ち合わせずとも、会社に来るという事も考慮に入れても良かったです。くれぐれも相手の事務所には行かないようにしたいです。
行くハメになった話もまたいつかしますが、こちらにとっては徒手空拳で挑むようなもので出来れば避けたいです。
また、こういう件は時間をかけてはいけません。二週間以内、できれば一週間以内、というか二日で収めるべき問題です。このケースは、僕は三週間ぐらい引っ張ってしまいました。
長くになればなるほど、向こうは「期待」するからである。引っ張ってはいけないと思います。(久田将義・連載『偉そうにしないでください。』第十回)