初めて車を運転したホームレス 裁判で明らかになった「男が無免許でハンドルを握った理由」に愕然


そりゃあ気持ちは分かるが…

平成30年2月13日深夜、浅草の雷門近くの道路をパトカーで警ら中だった警察官は一台の不審な車両を発見しました。

極端にフラフラしながら走行しているその不審車両に停止を命じ、運転をしていた初芝栄一(仮名、裁判当時62歳)に免許の提示を求めましたが、彼は免許を持っていませんでした。

また「強い酒のにおいがした」ということで検知をすると、呼気からアルコールが検出され道路交通法違反で現行犯逮捕となりました。

さらにその後の調べで車両が盗難車であったことも判明し、占有離脱物横領の罪にも問われることになりました。

関連記事お笑いコンビ「グレートチキンパワーズ」の元メンバー酒気帯び運転現行犯なのに話題は思い出話に

彼は上野公園で寝泊まりしていたホームレスでした。カギを車内に差したまま路上に駐車されていた車を発見し乗ってしまったようです。

先述の通り、彼は運転免許を持っていませんでした。事件発生時に免許を失効してしまっていたり取り消しになっていたわけではありません。彼は今までに一度も免許を取得したことがない人でした。捕まった時が人生で初めての運転だったようです。

そんな初心者中の初心者が、しかも酔っ払った状態で上野から浅草まで、距離にして約3キロ近くを運転していたのです。事故が起きなかったのは不幸中の幸いという他ありません。

なぜ彼はこんな無謀なことをしたのでしょうか。その答えは「寒かったから」でした。

「車は昼間に見かけていたものでした。夜になってもまだあったので、中に入って寝ようと思ってました」

真冬のことです。寒いのはかわいそうですし路上生活は辛いものがあると思います。中に入ってしまった気持ちもわからなくはありません。しかしここからの彼の行動は常軌を逸していました。

「暖房をつけようと思ってエンジンをかけてみたんですが、なかなか暖房がつかなくて…。走ってエンジンを暖めれば暖房の効きもよくなると思いました」

この日、普段行っている日雇いの仕事は休みで彼は朝から焼酎を呑んでいたそうです。酔った勢いもあったかもしれません。彼は車を発進させました。

「危険だからダメなのはわかってましたけど、寒いから動かしました。バレないだろうと思っていました」

せめて運転経験のある人ならばバレなかったかもしれませんが、今までに運転経験のない彼の運転がバレないはずがありません。バレるバレない以前に、怖くはなかったのでしょうか?

関連記事公開された吉澤ひとみ容疑者の運転する車の動画を見て 「明らかに逃走しているのでは?」

彼に対しては弁護人までが厳しい質問を浴びせていました。

「あなたが事故で死ぬだけならともかく、他の人も危ないですよね!?」

と聞いていました。検察官の質問だとしてもいくらなんでも言葉が過ぎるように感じますし、まして弁護人の質問だとはとても思えません。
この弁護人は弁論を述べる際にも
「被告人には前科や前歴がなく、またこれからは暖かくなっていくため再犯の可能性はない」
と述べていました。
暖かくなるから再犯の可能性はない、間違えたことは言っていないような気もしますが、果たしてそういう問題なのかどうかは疑問です。

彼は今後は路上生活をやめて生活保護を受給しながら福祉施設で生活していくつもりだそうです。施設なら耐え難いような寒さはありません。しかしそこでは集団生活を余儀なくされ、彼が大好きだと言っていた焼酎を呑むこともできません。
施設に入所してもその窮屈さに耐えかねて施設を飛び出しホームレス生活に逆戻りしてしまう人たちはたくさんいます。彼も行動力はあるタイプの人のようなのでそうなる可能性は高いのではないかと思ってしまいます。

「寒いから」と言葉にしてしまえば単純に思えますが、これは十分犯罪に走る理由になり得ます。年間で凍死者数は1000人を越えています。特に路上生活をする人にとっては寒さは死に直結する話です。

生きるか死ぬか。

そんな状況の中では規範意識は二の次になってしまうのかもしれません。もちろん違法行為があれば法に基づいて処罰するべきですが、彼らに与えるものが処罰だけでいいとは思えません。(取材・文◎鈴木孔明)