【未解決事件の闇19】女性編集者失踪・遺体を遺棄した現場~山編
特集ルポ:未解決事件の闇19~伊勢・女性編集者失踪事件
2007年、時効を迎えることに焦りを感じた辻出さんの両親は、有力情報提供者への謝礼金(上限:300万円)への支払いを決める。すると、玉石混淆ではあるが情報が集まり始めた。警察はそのうちの一つに注目した。
「重機を使って山中で当時不審な作業をしていた人物がいる」
寄せられたのは、失踪から10年あまりが経ってからのことだ。2010年2月、情報を受け、県警捜査一課は尾鷲近郊の林道を大規模に掘り返した。そのときのことを母親の美千代さんは次のように振り返る。
「現場は山奥の林道です。車道から徒歩で10分ぐらいの現場まで重機が通れるように、捜査員がスコップを握りました。私も様子を見にいったんですが、林道から谷底を流れる川までは高さ150メートルほどの差がありました。検事さんまで来てましたね。現場まで道が広がったところで重機を運び込み、土砂で埋まってる沢を7メートルほど掘り返したんです。雨水などを通す排水管があって、その下に紀子の遺体が埋められてるんじゃないか、ということで、100人以上の捜査員が3~4日かけて捜索しました。だけど結局何も出て来ませんでした。担当の警部は「絶対ここやと思ったのに悔しい」と言って泣いてました。(それ以上、掘らなかったのは)そこまでしか掘っていいという許可を取ってなかったからです。さらに掘ろうとすると、令状が必要になるそうです」
現場へ行く前に、行き方と現地の様子について美千代さんに教えてもらった。
「山の斜面を直角に切り取っていくんです。すると残土が出るでしょ。それを途中の沢に捨てていくんです。するとどんどんとその沢が埋まっていくんです」
そういって土砂の高さが林道とあまり変わらないぐらいになるまでの推移を鉛筆書きの図で示してくれた。
それを聞いて僕はぞっとした。林道の途中の沢に辻出さんが遺棄され、そこにどんどんと残土を捨てられたら、たちまち埋もれてわからなくなる、ということが容易に想像できたからだ。150メートルほど下の谷底まで続く沢が土砂で埋まってしまうのだから、かなりの勢いで土砂が捨てられていくはずだ。150メートル下の谷底まで掘ればわかるのかも知れないが、それは難しいのではないだろうか。
美千代さんに話を聞いた数日後、現場へ出向いた。そこは尾鷲市市外の近くなのに、とんでもない山の中であった。
「この先落石のおそれ通行注意」と記された電光掲示板が現れる。その先は舗装されガードレールこそはあるが、今にも石が落ちてきそうな、危険ですれ違うことのできない幅しかない狭い道。眼下10メートルか20メートルの地点には岩だらけの川が流れていて、風光明媚ではあるが、落石で突然フロントガラスが割れてしまいそうな感じがした。
尾鷲から30分ぐらいしてようやく林道の入口に到着した。閉じたゲートがあり、通常、車は入れないようになっている。林道の入口付近に邪魔にならないように駐車してから、歩いてゲートを超える。道は舗装されていない砂利の多いガレ場だ。乗用車は通れなくもないほどの幅。車道として利用するよりもハイキングにちょうど良さそうな道だった。あいにく雨が降っていて肌寒かったが、歩いてるうちにすぐに汗をかいた。
歩いて10分ほどと聞いていたが、ヘアピンカーブや緩やかなカーブの上り坂を歩き続けると20分以上がたっていた。
さらにすこし歩くと景色が開けた。木々がその一帯だけ切り開かれている不自然な沢だった。木の根本は土砂で埋まっていて、残土をドドドッと、ここに捨て続けたような形跡がある。しかし写真のような平地が広がっているわけではない。見下ろすと川になっていて、その高さは100メートル以上はありそうだ。15年前に比べ、土が盛られ、様変わりし、平らになっているというが、林道の道幅こそ急に広くなっていて、大型のトレーラーでも停まれそうなほどの面積がある。川面まで100メートルという落差があり、こんなところから落とされたらまず見つからない。
骨がないか降りて調べようかという衝動に一瞬駆られた。しかし、どこを調べたらいいのか皆目わからない、という現実に気がつき、やめておいた。そもそも彼女は林道に埋められているのかすら、はっきりとわかったわけではないのだ。林道だけではなく、関係者から話を聞いたり、海の可能性も調べたりしてからでも遅くはないのではないか。そのように思い、僕は来た道をとって返した。
※つづく
Written&Photo by 西牟田靖
辻出さんはどこへ?