ベトナム人犯罪率の増加の裏に「司法通訳の誤訳」問題
日本中に急激に増え続けているベトナム人労働者(イメージ)
突然だが、あなたは有名なベトナム人と聞いて、誰を思い浮かべるだろうか。映画好きなら、『青いパパイヤの香り』や『ノルウェイの森』のトラン・アン・ユン監督(余談だが、この監督、なかなかのイケメン!)。サッカー好きなら、「ベトナムのメッシ」と呼ばれるグエン・コンフォンや、コンサドーレ札幌でプレーしたレ・コン・ビン(2016年に引退)だろうか。
だが、これらの有名人は、正直、よっぽどベトナム通でなければ出てこない名前。一般的にこの質問をされて、パっと答えられる日本人はあまりいないのではないだろうか。
かくいう私もその一人。かつて、アラフォー、アラフィフ世代が好んで見ていた番組に、『スター誕生』がある。小泉今日子、中森明菜らを生んだこの名番組は、当時アイドルやタレントになるための登竜門だった。これで優勝し、スカウトされると成功する人が多かったのだが、期待されても応えられない人もいた。
ベトナムのボートピープルからスターへ! と評価の高かったルー・フィン・チャウもその一人と言えよう。どこかあか抜けない容姿(失礼!)と、低音が魅力の彼女だったが、谷村新司作詞作曲のデビュー曲はまぁまぁのヒット。
だが、その後は鳴かず飛ばずで芸能界を引退し、今はロスアンゼルスに住んでいる(らしい)。私にとって、知っているべトナム人と言えば、彼女ぐらいで、その記憶さえおぼろげだ。子どものころは、日常生活においてベトナム人と出会うチャンスはまずなかった。というか、日本に住むベトナム人自体が少なかった。
確実にベトナム人犯罪者が増加している
だが、ここ数年、状況が変わってきている。留学や研修、技能実習などの名目で来日するベトナム人が増え、街に出れば、英語と中国語の次にベトナム語が聞こえてくる感じ。
統計でいえば、例えば2017年は、ベトナムからの来日数は、過去最高の30万8900人(観光を含む)。ASEAN諸国においては伸び率が最大で、2012年1月から72ヶ月連続で、各月の最高値を継続しているというのだ。
来日ベトナム人が増えれば、残念ながら犯罪に巻き込まれる率も高くなる。これはなにも、日本人側から言えることだけではなく、ベトナム人側にも当てはまる。
例えば、2006年3月、レ・ティ・リーさん殺害事件。
2017年3月、千葉県松戸市で起きたリンちゃん殺害事件。
どちらも犯行に及んだのは、日本人だ。また、同様にベトナム人同士の争いが原因で犯罪となるケースもある。2017年9月、大阪府生野区で起きたグエン・チョン・トゥアンさん殺害事件。
さらに、最近では今年3月、愛知県知立市で起きた、グエン・バン・ドゥオックさん(27)殺害事件などだ。同市の自動車工場で働いていたグエン・チョン・ドゥオックさんは、同僚とベトナム人グループとのトラブルの仲裁をしていたとみられており、現場の防犯カメラには、男女十人前後の外国人らが待ち伏せしたり、立ち去る様子が映っていたという。事件当日、友人には「ベトナム人グループに会いに行く」と告げたという情報もある。
このニュースの続報が流れてこないため、犯人らはまだ捕まっていないと思われる。来日する外国人が増えれば増えるほど、残念ながら外国人同士の争いも増えるだろう。その時に、懸念されるのは、何か。
誤訳で冤罪が多発している?
まず、思い浮かんだのが、裁判での誤訳であり、今の日本では重んじられていない司法通訳の重要性だ。なんだよあんた、書き出しがルー・フィン・チャウで、急に司法通訳の重要性とやら書きだすのかよ? と言われそうだが、ここはあえて言わせてほしい。
司法通訳(法廷通訳人と言われることもある)には、特別な資格もなければ、この肩書を名乗るための試験もいらない。裁判所主催の研修こそあれ、語学力は、あくまで「本人の自己申告」の世界だ。
この職業に就くためには、自ら裁判所に連絡をとり、研修を受けて、大丈夫そうだなと判断されれば、誰でも司法通訳になれるのだ。自己申告なのだから、そのレベルもピンキリなわけだが、たとえ誤訳をしたとしてもそれをチェックする機能もシステムもない。
あるレポートでは、司法通訳の約6割が誤訳をしそうになったと報告している。人間だもの、間違いや誤訳はあるだろう。でも、それが冤罪を引き起こすとしたら? 冗談では済まされないだろう。
実際、これまで誤訳が明らかになったケースは、少ない。なんせ、チェック機能がないのだから。
だが、あるにはある。例えば、2017年5月、大阪地裁で行われた中国人殺害罪被告事件のケースだ。この事件では、中国人の夫が妻を殺害したケースで、殺意があったかないかという肝心な部分が、誤訳されていたため、信頼性のない調書が作られていたのだが、結局そのアヤシイ調書をもとに判決が下されてしまったという残念にもほどがあるケース。
被告人が話し続けているにもかかわらず、通訳の訳があまりに短いと疑問視した弁護側からの依頼により、別の通訳者が取り調べ中のDVDをチェック。結果、誤訳や訳漏れが120ヶ所発覚してしまったというのだ。殺意があったとは言っていないにもかかわらず、殺意があったと訳してしまったという最悪のパターン。結局、被告は懲役7年(求刑・懲役11年)を言い渡されている。
しかし百歩譲って、これは通訳者だけの問題ではないともいえる気がする。司法通訳というのを軽く見ている雇い主側(国ね)の姿勢にも問題があるのではないか、と。なんたって、長い拘束時間、神経も頭も使う頭脳労働にもかかわらず、安い給料(1件、約3千円といわれている)。こりゃきついでしょ。割に合わんでしょ。
かつていわれた3Kを彷彿とさせる中で、短い研修(年に1、2回らしい)を受けて、さぁ本番! では、かわいそう。現場で活躍する司法通訳からも、「(司法通訳になるための)資格認定試験制度を作ってほしい」「最大限の情報を共有させてほしい」「(弁護士と被告人の)接見にも同行させてほしい」などの声があがっている。
人間は、間違える生き物。せめて、二人でダブルチェックする機能を作るなど、体制を整えたらどうだろう。
外国人が増える中、当然司法通訳のニーズも増える中、このあたり、さてどうする? (文◎浅田未知)