7人もの人間が次々と殺されながら 事件はずっと闇の中に潜んでいた|北九州連続監禁殺人事件

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天才的な手法により次々と殺人を犯す松永

「松永は説教や質問を繰り返しながら、父に通電を行っていました。『今度は乳首だ』と松永が指示すると、父はおとなしく電気コードのクリップを自分の両乳首に装着しました。松永は『おい、俺はきついから、おまえが代われ』と私に通電役を命じました。私が『大丈夫かな』と心配すると、『大丈夫、大丈夫』と言うので、私はプラグをコンセントに差し込みました。その瞬間、正座をしていた父は斜前にゆっくりと倒れ、額が畳についた状態のまま身動きしなくなりました」 
 平成15年5月、福岡地裁小倉支部で行われた北九州連続監禁殺人事件の公判で、被告席に座っている小柄な女性は、静かな口調でこう語った。その一年前、警察に保護された一人の少女の告白によって、この前代未聞の猟奇事件が明るみに出た。
 逮捕されたのは元会社経営者の松永太と内妻の緒方純子(共に当時40歳)。被害者七人のうち六人は、緒方の家族であった。逮捕後の二人はどちらも黙秘を続けたが、緒方のほうは次第に贖罪意識を深め、「真実を明らかにしたい」と全面自供を始めた。主犯の松永は一度も手を下さず、天才的な手腕で緒方一家を操り、まるでチェスの駒を進めるかのように互いを殺し合わせていったのである。このあまりに凄惨な事件の全貌を緒方の証言から辿ってみよう。 
 松永と緒方はもともと福岡県内の高校の同窓生であった。昭和55年頃、会社経営をしていた松永は、幼稚園教諭だった緒方に電話をかけ、「高校の卒業アルバムを見て久しぶりに会いたくなった」とデートに誘い、二人の交際が始まった。松永は次第に暴力を振うようになり、ラブホテルで緒方の胸に煙草をぎりぎりまで近付け、やけどの跡で「太」という焼き印を入れたりもした。緒方は手首を切って自殺未遂を起こしたが、退院後に松永から激しく暴力を振るわれ、実家から無理矢理引き離され、松永所有のアパートに住まわされた。 
 緒方はこの頃から松永の「奴隷」と化していく。平成4年、放漫経営のために会社が倒産し、膨大な借金を背負った松永は詐欺事件を起こし、指名手配犯となった。緒方も共犯者とされ、二人は柳川市から逃亡し、北九州市で潜伏生活を開始した。
 資金調達のための松永の手口は、いつも同じだった。「科学者」や「小説家」などを名乗って女性を騙し、結婚を約束にして同棲を始めると、豹変して暴力を振るい、親に金を無心させ、サラ金回りを強要した。電気コードにクリップを装着し、手足や顔面などに通電するという拷問は松永の常套手段で、部屋に監禁して通電を続けることで徹底的に恐怖心を植え付け、次々に「奴隷」を生み出していった。その中には自殺に追い込まれた女性や、命からがら逃げ出した後に精神病院に収容された女性もいる。
 緒方は、松永から死体解体を命じられると忠実に作業を進め、包丁、鋸、ミキサーなどで細かく損壊し、骨を海中に投棄するなどした。

通電のターゲットとなり奴隷と化した緒方の肉親

 ところが、緒方は平成9年に一度松永から逃げ出した。大分県の湯布院に赴き、スナックのホステスとして働いていたが、「裏切られた」と激怒した松永は緒方を連れ戻すために彼女の家族を利用した。

 緒方のもとに父親から電話があり、「松永が自殺した」と告げられ、緒方は急いで小倉に戻った。自宅には両親と妹が来ていて、テーブルのうえに松永の写真と遺書が置いてあり、線香も焚いてあった。緒方が写真に手を合わせて遺書を読んでいると、突然押し入れが開いて松永が飛び出してきた。
「純子、残念だったな! かかれ!」
 松永の号令によって緒方は身内に取り押さえられ、全裸にされて暴行を受けた。松永は「純子はTさんを殺害し、死体を解体した。この部屋ですべて行われたので、自分は大変迷惑している」と緒方一家に罪悪感を植え付け、自分の指示に従うよう誘導していったのである。
 その後、六千万円余りの緒方家の財産が松永に貢がれたうえに、一家はマンションの一室で松永との同居を強いられた。父親の誉(当時61歳)、母親の静美(同58歳)、妹の理恵子(同33歳)、妹の夫の主也(同38歳)、妹の長男の優貴(同5歳)、妹の長女の彩(同10歳)が新たに松永の「奴隷」となったのだ。
 緒方一家は玄関付近で布団なしで雑魚寝をさせられ、起きているときは通電を受けているか、台所や風呂場に無言でずっと立たされているか、金策の話し合いをさせられた。松永は静美や理恵子とも肉体関係を持つなどして各々の「弱み」を握り、それを吹聴することで相互に不信感を募らせて口論させ、決して家族が結束しないよう仕向けた。松永の支配下には常に序列があり、松永の気紛れによって「奴隷」としてのランクが入れ代わり、最下位の者が集中的に拷問の標的になった。
 そして最終的に緒方一家は、松永の指示に従い、順番に殺し合いをしていった。緒方家の預金が底を尽き、土地を担保とした借金もできなくなると、松永にとって一家は「利用価値がなくなり、逃亡生活の足手纏いにすぎない」存在に変わり、一刻も早く「消す」必要性に駆られたのである。
 最初の標的は、父の誉であった。冒頭の緒方の証言は、誉の死亡場面であり、判決で「傷害致死」と認定された。誉の死亡後、通電のターゲットになったのは、静美であった。特に陰部へ集中的に通電を受けていたという。気が触れた静美は、「あー」「うー」と奇声を発するようになる。松永は静美を浴室内に閉じ込めて殺害するよう指示し、元警察官でもある主也が実行犯に指名された。緒方はこう証言する。
「主也さんは『えーっ』と嫌そうな顔をしましたが、反論はしませんでした。松永の指示は絶対的で、誰も逆らえませんでしたから。主也さんは電気コードを持って浴室に入り、寝ている母の首に巻き、思いきり絞めました。その瞬間に『ぐえー』という声がきこえました。殺害後、私は母の口から前歯が出ているのを見て、私も母親似で歯が出ていますから、『ああ、私のときもあんなふうに歯が出た状態で死ぬんだろうな。私のときには、口にガムテープをはってもらおうかな』という気持ちになったのを妙に覚えています」

目を開けた緒方の妹は言った「かずちゃん、私、死ぬと?」

 続く犠牲者は理恵子であった。静美の死亡後、理恵子は集中的に通電を受けるようになり、耳が遠くなった。松永の指示を間違えることも多くなり、やがて松永は「頭がおかしくなったんじゃないか。静美みたいになったらどうするんだ」と言うようになり、純子、主也、彩に対して「これから理恵子をどうするか話し合いをしろ。俺が起きるまでに結論を出しておけ」と指示した。
「松永が起きてくるまでにきちんと殺し終わっていなければ、通電などの制裁を受けるという強迫観念が襲ってきました。それにたとえ一時的に殺害を回避できても、最終的には殺さなければいけないですし、時間が伸びればそのぶん、ひどい虐待を受けている妹がつらい思いをするんじゃないかって、妹の殺害を自分で納得しました」
 その旨を主也に話すと、「それだったら、自分がやります」と再び主也が殺害役を引き受けた。主也が電気コードを持ってしゃがんだとき、理恵子は目を覚まし、「かずちゃん、私、死ぬと?」と呟いた。「理恵子、すまんな」。そう一言だけ主也は返答すると、コードを理恵子の首に巻いて引っ張った。そして母親に「最後のお別れ」をさせる意味で、彩に理恵子の脚を押さえさせた。
「私は浴室のドアのあたりに立って、その光景を見ていました。そのときの気持ちは、とっさに主也さんにだけ殺害行為をさせるのは申しわけないという気持ちと、(中略)なんだか仲間はずれにされたという気持ちになったんです」
 その後、標的は主也になった。松永は主也に激しく通電を加え、浴室に閉じ込めて食事・睡眠・排泄などを厳しく制限し、下痢をすればトイレットペーパーに包んで食べさせた。やがて主也は嘔吐を繰り返すようになり、衰弱しきって息絶えた。
 さらに残された妹夫婦の2人の子供をどうするかという話になり、「子供に情けをかけて殺さなかったばかりに、後々復讐されたという話もあるからな。そうならないために早めに口封じをしなければならない」と言い、彩に対して弟殺害を命じた。松永のシナリオ通りに彩は「優貴、お母さんに会いたいね」と優しく声をかけ、「うん」と優貴が嬉しそうに頷くと、「じゃあ、ここに寝なさい」と台所の床を指差した。優貴は素直に従い、仰向けに寝た。彩はその横にしゃがみ込み、「お母さんのところに連れていってあげるね」と言いながら、電気コードを優貴の首に巻いた。片側には緒方がしゃがみ込み、コードの先端部分を両方から引っ張った。優貴はうめき声を上げ、脚をばたつかせて息絶えた。
 続いて彩の番が巡ってきた。松永は理由もなく彩の顔面に通電を加えるようになった。通電の後に松永は彩を洗面所に連れていき、ドアを閉めて何らかの話し合いをした。数日間に亘ってこのパターンを繰り返した後に、洗面所から出てきた松永は「彩ちゃんもそうすると言っているから」と緒方に言った。「そうだろ?」。隣にいた彩に松永が確認を求めると、彩は何も答えずにうつむき、視線を床に落としたまま小さく頷いた。
 彩は自ら歩いて、優貴の殺害場所と同じところに行き、仰向けに寝て目を閉じた。緒方が横にしゃがみ込み、電気コードを首に巻こうとしたとき、彩はわざわざコードを通しやすくするため少しだけ首を上げた。そして苦しそうな声を上げず、体もまったく動かさず、「白いきれいな顔をして、まるで眠っているかのように息絶えました」という。

 こうして平成9年12月から翌年6月までの約半年間のうちに、緒方家の6人が犠牲になった。以上が事件の全貌である。緒方の証言内容を松永は全面的に否認し、公判では一貫して「自分は指示・誘導を一切していない。緒方一家の殺害は緒方純子固有の動機で行われた」と無罪を主張、すべての責任を緒方に負わそうとした。
 しかし最高裁は、松永が主犯と認定して死刑を宣告し、緒方は松永のマインドコントロールで実行犯になったとして無期懲役に減刑された。いま塀の中にいる二人は、この前代未聞の猟奇事件をどう振り返っているのだろうか。(文中敬称略)

取材・文◎豊田正義(ノンフィクション・ライター)