誰もが美女の頭蓋骨に手を合わせる神社|連載・Mr.tsubaking『どうした!? ウォーカー』第一回

神社に行って、人々が参拝する対象を御神体という。

本殿の中心に鏡が置かれているのを見たことがある方も多いと思うが、三種の神器である「鏡、刀、曲玉」が一般的な御神体。

ほかにも、富士山や沖ノ島のように山や島そのものを御神体とする場合もあるが、いずれにしても、依り代といわれる「神の宿るもの」が御神体となっている。

今回ご紹介するのは、東京のオフィス街の外れにある「高尾稲荷神社」。

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日本橋のビル群から少し外れた箱崎町、都会の隙間に埋もれるようにひっそりと建つ、この小さな神社の御神体はなんと「美女の頭蓋骨」。
頭蓋骨に手を合わせるなんて、どこか悪魔的でオカルト趣味のようだが、実はそこには、とある美女が辿った数奇な運命と、非業の死があった。

その美女とは「高尾太夫」。
太夫という肩書きからもわかる通り、吉原の遊郭にいた花魁だ。

美しさは江戸でも1番といわれ、城主や大名が高尾太夫に惚れ込むと、何も手につかなくなり、領地や城がガタガタになったことから「傾城傾国の美女」とまで言われている。

この世のものとは思えないほどの美しさで、現代のアイドルや女優でも、及ぶ者のないような人気だったそうだ。

古典落語にも「紺屋高尾」という名作が残るほど、その美しさは現代にまで轟く。
しかし、その人生の末路は悲惨なものだった。

高尾太夫を見初めた人物の一人に、仙台藩主の伊達公がいた。彼は繰り返し何度も高尾太夫のもとへ逢瀬を繰り返し、ありったけのお金と愛の言葉をつぎ込んだ。
そしてある日、隅田川をゆく船の上で高尾太夫は伊達公に結婚を申し出られる。
ところが、高尾太夫には別に意中の男性がいたため、伊達公の申し出を断ったという。
伊達公は逆上し、高尾太夫を船の舳先に裸で逆さ吊りにして一刀のうちに切って、隅田川に捨ててしまった。

そんな凄惨な最期を遂げた絶世の美女、高尾太夫の頭蓋骨が、鳥居の奥に設えられた小さな祠に祀られているのである。

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三種の神器や山や島など、御神体は依り代であるがゆえに「象徴的」である場合がほとんど。

そんな中で、具象的な存在。
しかも頭蓋骨という、これ以上ないほどに念を感得できそうな御神体は非常に珍しい。

愛する人とは一緒になれず、さらに裸で逆さ吊りにされて殺される。
どれほど、未練にまみれ呪いにまみれた死に方だったろう。
そうした彼女の物語を知って、もう一度高尾稲荷神社を眺めてみると、鳥居の前にある岩も、悲鳴をあげる女性の姿に見えてくる気さえする。

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呪いにまみれた、高尾太夫の魂を御神体として祀ることによって鎮めようとしたのかもしれない。
今や全国にいくつもの末社があり学問の神様として有名な天満宮も、もとは菅原道真の呪いを鎮めるための神社であったし、道真とともに日本三大怨霊とされる、平将門や崇徳天皇も神社に祀られている。

そう考えると、この高尾稲荷神社も高尾太夫の魂を鎮めるために建てられたのかもしれない。

日本三大怨霊が神社に祀られ、そのご利益に多くの人が集まるようになったように、呪いというものは、プラスに転化するエネルギーだと考えられている。

「呪う」と「祝う」。
現代では真逆の意味を持つこの2つの言葉は、もともと「宣る(のる)」という言葉から派生したとされる。

呪うという負のエネルギーは、そのまま祝うという正のエネルギーにも転換される。

つまりこの高尾稲荷神社のご利益は、死んでいった高尾太夫の、呪いと未練にまみれた負のエネルギーが、その頭蓋骨を御神体として祀ることによって、正のエネルギーに転換されているということになる。

そのエネルギーは現代、ご利益として頭痛やノイローゼ、うつ病や薄毛など、首から上の悩みに効くと言われるようになった。

栄華と悲劇と怨念とご利益渦巻く、都会の小さな祠。
手を合わせに行ってみてはどうだろう。

文・写真◎Mr.tsubaking

Boogie the マッハモータースのドラム。
NHK「大!天才てれびくん」主題歌担当。
BS朝日「世界の名画」作家。
仏像解説、仏像バンドドラム。
webサイト「世界の美術館」にてコラム連載。
落語家 立川談慶とのustream妄想ニュースショー出演と構成。