【特集◎NHK紅白歌合戦の闇】明治時代は処刑場であったNHKの”土地”にまつわる歴史を追う

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このところ、渋谷駅からずっと代々木八幡方向へと離れた「奥渋谷(=オクシブ)」が人気らしい。駅周辺の喧騒とは違う、隠れ家的な空気が好まれているのだろう。

その感覚は間違っていない。私のようなオカルト視点で土地を見る人間からすれば、まさにあのエリアは様々な因縁が渦巻く場所だからだ。

現在のNHK一体はその昔、沼地だった

因縁深い土地というのは、往々にして元・水場だったりする。オクシブを代表するスポットは宇田川遊歩道の商店街だが、そこはかつて流れていた宇田川を暗渠化した道。オカルト的トピックとしては、某バラバラ殺人事件にて遺体(下半身)が捨てられた通りでもある。

宇田川遊歩道は、まだ水路の面影を残しているから分かりやすいが、すぐ脇にあるNHK一帯が沼地だったことはあまり知られていない。例えばNHK西門前は不自然なロータリーになっているが、あそこは昔(おそらく大正時代ごろまで)沼だった。駐輪場のスペースを迂回するように道路が走っているのは、かつての地形をなぞっているのだ。

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坂道を少し下りた地点には、もっと大きな沼があった。現在、住友の高級マンション「ラ・トゥール渋谷Ⅱ(仮称)」が建設工事中のエリアだ。これだけでも二百坪ほどあるが、明治初期の地図を見れば、さらに一回り広そうな水場が記載されている。もしかしたらNHK西門前の沼と合わせて一つの巨大な沼だったかもしれず、そうなるとNHKそのものがちょうど沼の上に建っていることになる。

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nhkchizu.jpg現在のNHK辺りに大きな沼があったことが分かる「迅速側図」

ではNHKの前にどんな施設があったのかといえば、まず明治後期、ここには陸軍の練兵場および刑務所が建てられた。今の代々木公園からNHKまでが練兵場で、道を挟んだ向こう、渋谷公会堂や神南小学校の区画が刑務所だ。
そして刑務所のNHK側の端は処刑場となっていた。ここで処刑されたのが、2・26事件の将校たちである。「昭和維新」を目指し決起した彼らだが、結果的には国家と天皇への逆賊として扱われたため、その後しばらく慰霊碑などが建てられることはなかった。

全てのルーツがこの土地に詰め込まれている

戦後になると、練兵場エリアはそのままアメリカ軍の宿舎「ワシントンハイツ」に流用される。軍関係の施設のため日本人は原則立ち入り禁止だったが、少年野球などで日本の子どもたちが入場するのは許されていた。
そしてワシントンハイツに住んでいたジャニー喜多川が率いていた少年野球団こそが「ジャニーズ」。そのメンバーが芸能界へ打って出たのが、我々のよく知るジャニーズ事務所の源流なのだ。

この土地は日本へ返還された後、1964年の東京オリンピック選手村となる。それに併せて、NHKも本部センターを現在地に移していったのだ。また翌年には、ようやく2・26事件の将校および被害者たちの慰霊碑、供養のための観音像が処刑地跡に建立される。

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しかし彼らへの畏れがおさまることはなかった。NHKのスタジオには今も昔も、「処刑された将校たちの霊が出没する」との怪談がささやかれ続けているのだ。

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観音像の視線の先に建つ、NHKホール。今年もそこで紅白歌合戦が行われる。この地にルーツを持つジャニーズのグループも幾つか出演している。

日本では古来から季節の節目に、神を迎えて魔を祓う宗教的行事を行うが、大晦日にNHK内で歌の祭典を行うというのはなかなか象徴的だ。紅白歌合戦とはある意味、この土地にまつわる因縁や祟りを鎮めるための奉納演芸としての側面を持つのかもしれない。

取材・文◎吉田悠軌