「安倍政権の野望に対して、国民の知る権利に答えていないメディアは死に体」 岡留安則の『編集魂』
安倍政権が国論を二分する国策レベルの難題を論議する秋の臨時国会がいよいよ開幕だ。アベノミクスで参議院選挙を大勝した安倍政権は、衆参両院で安定多数を獲得したことで強気の政権運営をどこまで貫き通せるかどうかが焦点になる。というのも、数は力なりの政治力学がそのまま通用するとは思えない難題を数多く抱えているからだ。目下、60人の有識者から意見を聴収している消費税増税、TPP交渉参加,憲法改正問題、集団的自衛権の確立、原発再稼働問題など、いずれも自民党や連立政権内だけではなく、世論調査においても反対派の割合が増加しているからだ。
自民党に勝利をもたらした前回の参議院選挙においては、安倍総理は争点をことごとく曖昧に済ませて選挙戦を戦ってきた。いずれの国策的難題も国民には反対の意見が多く、党内的にも対立している課題ばかりだったからだ。それが自民党大勝により、自信を持った安倍総理の本音が徐々に見えてきた。前回の政権放棄の教訓から学んだともいえる。
しかし、安倍総理の本音は、強い経済という名のもとに、経済界や米国政府におもねる新自由主義であり、米国型の格差社会是認路線である。
消費増税が財務官僚たちの悲願であり、8%、10%という段階を経ていずれは15%から20%までを射程に収めているはずだ。消費税は富むものも貧しい人々にも一律に課税する投げ網システムだ。結局、貧しい人々はさらに増税に苦しむことになる。消費税増税の前提だった公務員の削減や議員定数の削減も放置され、消費税は福祉関係に使うという方針も曖昧なままだ。年金においても、老人イジメの思想が貫かれている。その反面、消費税増税にあたり、企業減税に力を注いでいる。強い経済、強い国家づくりの裏では、弱者切り捨てが進み、米国型の格差社会がより進行していく。
TPPも米国主導の市場開放ウルトラ作戦である。交渉内容も公開されず、政府が選んだ約100人の役人に丸投げ状態だ。米国は年内妥結を求めており、最後は時間切れでやむなしという形で米、サトウキビ、牛肉などの関税を撤廃する方向で進むのではないか。日本政府が米国と対等な交渉力を持っていない属国である以上、必然的な結果である。沖縄県民がいくら反対しても危険なMV22オスプレイを強行配備できたのも、日米地位協定という米国の切り札があるからだ。少なくとも、日本政府に日米地位協定を抜本的に見直すような動きは全く見られない。そもそも、日米に対等な交渉力など皆無なのだ。TPPにおいても、日本は米国に敗北し、日本の農業は瀕死の状態に置かれ、食料自給率も大幅に低下していくはずだ。
原発に関しても、安倍総理は無為無策だ。原発の海外への輸出に関しては積極的だが、そもそもエネルギー政策の未来図が描けていない。安倍総理としては、なし崩しで原発を再稼働するというのが本音だろうが、いまだに原因も抜本的解決策も打ち出せない高濃度汚染水の海への垂れ流しはどうするのか。廃炉までの長期戦略も、核燃料サイクル問題も放置されたままだ。中東訪問で、東京オリンピック誘致のための票集めに奔走している場合ではあるまい。小泉純一郎元総理は「脱原発は総理が決断すればできる」「今、ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しい」などと新聞のインタビューに答えている。財界や霞が関官僚、電力会社といった原発利権グル―プに距離を置いて見られる立場になった元総理ならでは冷静な判断である。
米国は近々、シリアの化学兵器関連施設や部隊に対して限定的なミサイル攻撃を加える方針だ。国連安保理ではロシアが反対しているため、英国や仏国と共同作戦を模索している。安倍総理が集団的自衛権確立に向けて、内閣法制局長官人事まで手をつけた。憲法改正が無理ならせめて憲法解釈で集団的自衛権を確立させ、米国とともに戦う体制を作ろうという魂胆だろう。今回のシリア攻撃には間にあわなかったが、これが米国の意向であり、安倍政権の当面の目標なのだ。
そして問題は、安倍政権が抱えるこれだけの問題点に関してメディアの批判力が極端に衰弱していることだ。安倍総理の野望に対して、国民の知る権利に答えていないメディアは死に体も同然である。
週刊誌草創期からアウトローの世界を書き続けてきたベテラン・ルポライターの日名子暁氏が糖尿病ですい臓がんを併発し、亡くなった。新聞メディアに対抗してきた雑誌メディアの最後のルポライター世代の死が、日本のメディア界の現状を象徴しているような気がしてならない。合掌。
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Written by 岡留安則
Photo by DS80s
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