金正恩も素通りする『近代国家』の裏の顔 シンガポールの悪臭を放つ路地裏売春街|現地取材

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 シンガポールに行くと、いつも訪れる路地があります。そこを歩くたびに、背筋がゾクッとします。この感覚を味わいたいがために、先日もつい足を運んでしまいました。

 ビアバーが並ぶ一角を通り抜けたところにある、暗く細長い一筋の路地。この「デスカール・ロード」は、リトルインディアに残る伝統的な赤線地帯です。60~70年前のシンガポールの街並みが残る貴重な場所でもあります。

 薄汚れたコンクリート長屋にぽつぽつと売春宿が点在し、それぞれの入口からぼんやりとピンクの灯りが漏れています。
 超近代都市国家のシンガポールによくぞこんな空間が残っているものだなと、来るたびに感動をおぼえます。

 洋の東西を問わず、悪所にはそれなりのルーツがあります。デスカール・ロードもしかり、1900年代前半まで、この地域には屠場が多く集まっていました。
 デスカール・ロードという名前は、当時リトルインディア最大の屠場と精肉店を所有していたデスカール家に由来します。

 家畜や肉の売買が行われていた場所がいつしか人間を売買する場所となり、戦後はチャイナタウンに比肩する売春街として栄えました。
 1954年に発行された地元紙のコラムにこんな記述があります。

「デスカール・ロードは人間の悲劇そのものだ。薄暗く、悪臭を放つ路地裏。中国女性の群れが、長屋状に連なるショップハウスの裏口に立っている」

 それから60年以上を経た今もこの地は薄暗く、悪臭を放つ路地裏の売春街です。「中国女性の群れ」はもう見られませんが、娼婦たちはしぶとく生き残っています。

売春宿の中を覗いてみると…

 40代ぐらいのおばさんが3人、籐の椅子に丸っこい身体を沈め、なにやら楽しそうにおしゃべりをしています。売春街じゃなかったら、のどかな井戸端会議の風景です。

 そのうちの1人が、店の入口に突っ立っている私に気づいてじっと見つめてきました。娼婦らしい色香は微塵も感じられません。頭にボリューミーなパーマをあて、でぷっと肥えたその姿はまるでナニワ金融道に出てくる大阪のおばちゃんのようです。奇跡の現役だと思いました。

 路地を端から端まで歩き、売春宿をひととおり覗いてみましたが、目につくのは無愛想な中華おばさんと、サリーから腹の脂肪がはみ出たインド系の熟女ばかり。

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 その寂れっぷりを目の当たりにして、もう長くないだろうなと思いました。現に売春宿は減り続けていて、10年前までは50~60軒あったのに、今は10軒ほどしかありません。

 シンガポールの赤線はいま過渡期にあります。

 売春宿が残すところ2軒となったチャイナタウンの赤線は、もう終わったといえます。これに続いてリトルインディアも幕を閉じれば、シンガポールの赤線はゲイランだけになります。おそらくそれが政府の狙いなのでしょう。

 政府は都市再開発を進めると同時に、チャイナタウンとリトルインディアの赤線の取締りを強化してきました。それにより両者はこの10年で徐々に衰退していき、いまでは風前の灯です。
 都心に残る負の遺産を自然消滅に見えるかたちで消し去り、最終的に赤線を一ヵ所に集約して「封じ込めと管理」をしやすくする。こうした整理整頓はシンガポール政府のお家芸です。

 先ごろ、シンガポールは米朝首脳会談の舞台に選ばれました。これによりシンガポールは世界の注目を浴び、ますます観光客が増え、街の浄化も進むでしょう。
 この歴史的な赤線地帯も、そろそろ本当に見納めかもしれません。(取材・文◎霧山ノボル)