みんな頑張っているんだから…に続く言葉なんてありますか?|成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第四回
普段の生活ではとても言えない気持ちを抱えて暮らしている
SNSで「質問箱」というサービスが流行っています。「質問箱」とは、誰でも匿名で質問を送ることができる仕組みです。質問を送られた人は誰が送ってきたのか分かりません。知っているのは、送り主の本人だけです。
わたしもそのサービスを使用していますが、日々さまざまなメッセージが届きます。
[病んだときはどうしていますか?]
[職場の人間関係がこわいです]
[家族が精神科に偏見を持っていて、通院を打ち明けられません]
「質問箱」というよりも「お悩み相談箱」になっていて、なんだかとても愛おしいなぁと思います。匿名でしか言えない苦しみ、匿名でしか吐き出せないトラウマ。笑顔で生活をしている人の姿を思い浮かべてみます。話したら負担になってしまうかもしれない、愚痴を言ったら嫌なやつだと思われるかもしれない、こんなことで悩むなんてバカげているだろうか。心の中までは見えません。わたしたちは誰でも、普段の生活ではとても言えない気持ちを抱えて暮らしています。
専門家やカウンセラーではないので届いた悩みに対して明確な答えは出せませんし、「質問箱」の規定文字数である100文字ではとても伝えきれません。自分なりの答えを出せず、ただ共感したり聞くことしかできない内容もたくさんあります。しかし、普段の生活では言えない悩みを投げかけてもらえることはありがたく思っています。
悩みをさらけだすのは勇気がいるからです。たとえそれが匿名だったとしても。
大人でも子どもでも等しく逃げる
「質問箱」から送られてくるメッセージで、たびたび目にしては気になっていたことがあります。悩んでいることを打ち明けたら、「みんな頑張っているんだから」と言われてしまった社会人の方や、人間関係の悩みを親に打ち明けたら「もう大人なんだから逃げるな」と言われてしまった学生さん。そういったメッセージは決まって「相談をしようとした弱い自分が間違っていたのでしょうか」という言葉で締めくくられていました。
この連載の第1回目のコラム「軽々しく”死にたい”と言える場所をつくろう」で、苦しみは”比較”では計れないということを書きました。一部を再掲します。
「自殺をしてからやっと「死ぬ前に相談をすればよかったのに」なんて言うのは、やっぱり反則です。死ぬ前に相談をすると「他の人はもっと頑張っているんだから」と言うのはもっと反則です。現在進行形で死にたいほど苦しい状況にいる人に、恵まれない国のことや他人との比較をしても「じゃあ頑張ります」とは言わないはず。苦しみは比較するものではないからです。その人その人が持っている苦しみは、本人のもの。確実に存在している感情だからです。」
まず、大人だって逃げます。
わたしは先週、予約していた歯医者さんに行くのを忘れて、再度電話をするのが気まずくて通うのをやめてしまいました。不眠でつらい夜に「眠れないし、嫌なことばかり思い出す」とSNSに書いたら「あなたは大丈夫です! 乗り越えられない試練はないですよ!」とありがたいコメントが届き、乗り越えられない過去だから苦しいのになぁ、と悲しくなってこっそりミュートをしました。
文章を書いたり自分の考えを述べると賛否両論があります、いろんな人がいることには慣れているから大丈夫、と笑っていられる反面、心ない言葉にはちゃんと傷つきますし「もう全部やめようかな」とも思います。
いい大人のわたしは、日々の小さなことに何度もめげます。ときには、めげたまま投げ出します。
自分には平気なできごとに、他人も平気とは限りません。その逆もです。思い出してみてください、誰かに言われた些細な言葉に傷ついたことを。小さい頃に言われた悪口を思い出すたびに、チクっと胸が痛くなることはありませんか。相談をしたら「そんなことくらいで」と笑われて、イラっとしたことはありませんか。
大人でも子どもでも等しく、つらいことからは逃げます。おそらく、人生で逃げた経験のない人はいないでしょう。勢いではっぱをかけて片付ける前に、自分自身がつらい時にそう言われたらどう感じるか一度考えてみてほしいのです。あなたに悩みを打ち明けたのは、あなた自身とおなじ「感情」を持っている人間です。
みんな頑張っているんだから……?
みんな頑張っているんだから傷つくな? みんな頑張っているんだから悩むな?
みんな頑張っているんだから相談するな? みんな頑張っているんだから休まず働け?
みんな頑張っているんだからいじめを耐えろ? みんな頑張っているんだから無理をしろ?
みんな頑張っているんだから……だからなんだと言うのでしょうか。
人にはそれぞれ属性や弱みがあります。
体力のある人はマラソンが爽快でも、喘息持ちには入院の原因となるかもしれません。
ドラキュラは十字架が弱点ですが、信仰によっては十字架は大切なものだったりします。
ゲームに登場する火の妖精は水魔法に弱く、闇の妖精は光魔法に弱いです。
仕方のないことです。生まれ持っての特徴なのですから。そこにみんな頑張っているんだから……に続く言葉は見つかりません。
人はそれぞれ性格が異なります。
体育は得意だけど作文が苦手な人、体育は苦手だけど作文が好きな人。
転んだときに心配されると安心する人、恥ずかしいから笑って見過ごしてほしい人。
連絡のプリントはとにかく効率よく手早く渡したい人、プリントを机に投げられると相手が怒っている気がして不安になる人。
家族が仲良しで家族モノの映画が大好きな人、家庭環境が複雑で家族モノの映画を観ると悲しくなってしまう人。
このときに感じた、つらい、怖い、不安、恥ずかしい、悲しいは確実に存在しています。やはり、みんな頑張っているんだから……に続く言葉は見つかりません。
左利きの人が右利きの人にむかって
「自分は左でお習字ができるのに、なぜお前はできないんだ!」とは言いません。
もし言われたとしても、誰もが「それは理不尽だ」と思うでしょう。他人ができることが自分にもできるとは限らないからです。つまり、自分が傷つかないことなら他人も傷つかないとは限りません。同じ人間同士でも、属性・弱点・性格がそれぞれ異なるからです。しかし、わたしたちはときどきそれを忘れてしまいます。
もう一度書きます。
悩みをさらけだすのは勇気がいります。
そして、苦しみ悲しみつらさにはそれぞれ個人の属性があるので、比較ができません。悩みに大小はありません、ただ、あるかどうかです。本人が悲しければ悲しみがあるのです。本人が苦しいと感じればそれは確実に苦しみがあるのです。感じた本人のものです。他人が他人の気持ちを比較して否定することはできないのです。親やまわりの人や、この人になら言えそうと思った人に悩みを相談をする行為は、絶対に悪くないし、頑張ってないなんてないし、間違っていません。
「質問箱」を通じて、「〇〇のほうが辛いんだから我慢しろ」と言う人がこんなに多いのか、と驚きました。そのたびに、相談をしようとしたそれぞれの勇気が傷つけられているのかと思うと少しめげてしまいそうになります。
だからこそ、わたしたちは諦めずに言い続けていくしかないのです。
『傷つかない人間なんていると思うなよ』
こうして、むりやりにでも強気に笑って言っていないと泣きたくなるような現実のままでは、やっぱり嫌です。
文◎成宮アイコ
https://twitter.com/aico_narumiya
赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」刊行。