障害者が働くということ|岡本タブー郎・連載『ざわざわさせてやんよ!』第六回

本日(2月12日)は欠損バーがあるということで、東京に出てきている”あもりちゃん”と今後の原稿などについて打ち合わせをしてきました。

朝から何も食べていないということで、どこかで食事をしようという話になったんですが、彼女は個室っぽい静かな感じの店がいいとだけ言います。休日なので新宿は人がとても多かったのですが、少しすいている洋食屋を見つけたのでそこに入りました。きさくな店員のおじさんが「奥へどうぞ」と言ってくれたので、他のお客さんから見えにくいテーブルへ座りました。

もうご存知だと思いますが、彼女は生まれつき右手が欠損しています。右手が丸々無いわけではなくて、手のひらの先から不規則に欠損しています。絵を描いている途中のように指と分かるものが存在しています。彼女が個室を好むの理由は当然ここにあります。その右手でフォークを持ち、四苦八苦しながらハンバーグを切る彼女をボーっと見ながら、少し前のことを思い出しました。

kesson.JPG

欠損バーを開店してから、いろんな障害を持った女の子がカウンターに立ってくれました。手がない子、腕がない子、足がない子、脚がない子、目がない子。もっと突き詰めていけば、耳がない子、爪だけない子、乳首がない子、毛がない子……といるんでしょうけれど、障害の種類というのは思いもよらないものがあるので、ちゃんと本人から話を聞いてみないと分からないことだらけです。

その中でも特に印象に残っている子がいます。名前をユキちゃん(仮名)としましょう。

その子は当時まだ大学生で、欠損バーに面接に来てくれました。会う前に聞いた情報だけでは、「え?」と思うほど障害の度合いがきつく、狭いカウンター内で働くのは無理なのでは? と思ったほどです。ユキちゃんは、両手の指が2本しかなく、両脚も膝の先からない、ということでした。

いろいろ話は聞いてみたいけど、たぶんバーで働くことはお断りする結果になるかもしれない。そう思って待ち合わせ場所に向かいました。

紀伊國屋書店の前で待ち合わせでした。早めに着いてしまった私は店頭でキョロキョロしながら「車椅子に乗った女性」を探していました。両脚がないのですから、当然車椅子でやってくると思い込んでいました。

「もう着いてます」

ユキちゃんからメールが入ります。けど、それらしき人は紀伊國屋の前にはいません。女子大生っぽい人は何人かいますが、みんな立って携帯をいじっています。あれ〜、また「冷やかし」だったのかな〜と思ったその時でした。

「あっ!」

自然すぎて気付かなかったのですが、その携帯をいじっている女性たちの中に、2本の指だけで器用にスマホを叩いている女の子がいたのです。

「紀伊國屋の看板の前にいます!」

ユキちゃんは、正直言って「普通に可愛らしい子」でした。とても一般的な大学生で、笑うとちょっと八重歯があって、テレ朝の3番手くらいのアナウンサーって感じでした(ごめんなさい、これ褒めてるんです)。おじさんは大好きなビジュアルだと思います。

なんと両脚に義足を着けていて、これがもう、本当に器用に歩くんです。

速度的には我々が景色をのんびり見ながらゆっくり散歩する感じで、速くはないけど、決して遅くもない違和感のないものでした。

「いやー、すごい。いやーすごい」

私は終始そう言っていたと思います。全く違和感なくスマホでメールが打てて、誰の力も借りずに一人でどこへでも行けるんですよ? 両手と両脚が無い子がですよ? 私、心から感心しました!

その後、喫茶店で話した内容は以下のものでした。

・両手、両脚がないのは生まれつき
・バイトの面接に行くと、電話口では「すぐに来て欲しい」と言っていたのに、障害を知ると嫌な顔をされる
・障害を理由に面接を落とされるのではなく「定員になったから」というのがほとんど
・これまで面接に行ったのは憧れていた花屋さんとケーキ屋さんなど
・なので一度も働いたことがない
・欠損バーのことはヤフーニュースで知った

私はその場で彼女を採用にしました。
それは彼女が発した言葉によって即決したのです。

「私は生まれつきコレだから、出来ないことは特に無いです」

皿洗いも家でやってます。瓶も持てます。グラスも持てます。掃除もできます。喋れます。
この台詞は欠損バーのメンバーであるぽわんちゃんもよく口にしていますが、私も好きな言葉です。
随分昔、実話ナックルズ時代に「両足の指のないボクサー」を取材したことがあり、その時に未熟だった私は「何か普通の人と比べて、やりにくいなあと感じることはありませんか?」と質問してしまいました。これに対して彼は微笑みながら同じ台詞を言ったんです。「僕は生まれつきコレだから、そんな風に思ったことはないんですよ」と。赤面しました。ああ……なんて自分が思慮が浅いんだと。この時、彼と同じ発言をユキちゃんから聞き、私の心の中で何か動くものがありました。

事実、欠損バーで働き出したユキちゃんに「出来ないこと」は無く、生まれて初めて働くという喜びを噛み締めながら、真面目に取り組んでくれました。

そして、店主のあきらがユキちゃんにバイト代を渡す時に彼女が言った言葉、いまでも忘れません。

「私、お給料というものを、初めて頂きます。嬉しいです! ありがとうございます!」

この言葉を聞いたスタッフ陣、全員バーのロフト階へ駆け込みました。泣いてしまいそうになったからです、お恥ずかしながら……。

ユキちゃんがこれだけの障害を負っていても病まずに明るく育っているのは、きっと親御さんがきちんと育てているからだと思います。本人も「あんたは口があるんだから困ったら誰かに助けてくれと言うことができるだろ」とお母さんにしょちゅう言われていると教えてくれました。お母さんは、きっと心を鬼にして、厳しくしつけをされているんだと思います。甘やかしたら、この子が一人で生きていけない……20年近くも自分と葛藤しながら、立派に子どもを育て上げたんですね。

「岡本さん、食べないんですか?」

あもりちゃんが不思議そうに私を見ています。彼女はすでにランチのプレートを食べ終えそうになっていました。

あもりちゃんの欠損した右手にしっかりと握られたナイフ。

彼女もまた、働き、外界と関係性を持つに連れ、強くなっていった一人なのです。人を見かけだけで判断してしまうことほど、愚かなことはありません。私は過去の自分を反省しつつ、改めて「自分は今後どうしていけばいいのか」を考えました。

文◎岡本タブー郎

欠損バーは以下のスケジュールで開催されます
2/12 あもりバー(予約無し・15~23時)
2/23 ぽわんバー(要予約・18~23時)
詳細はオフィシャルサイトで
https://bucheden0el.official.ec/